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古典に描かれた北斎・隅田川を自らの作品として表現する【2019年度・2020年度 参加アーティストクロストーク】

企画名古典に描かれた北斎・隅田川を自らの作品として表現する【2020年度・参加アーティストクロストーク】
団体名:「隅田川 森羅万象 墨に夢」実行委員会
開催日:2021年02月06日(土)
会 場:オンライン

「隅田川 森羅万象 墨に夢」(通称:すみゆめ)には、さまざまなジャンルのアーティストが参加しています。そのなかでも隅田川や葛飾北斎というテーマを新たな解釈で表現しているのがパフォーミングアーツ。今回は北斎・隅田川を現代の視点から掘り下げた創作活動に取り組んだお2人をお招きして、クロストークを行いました。

<プロフィール>
柳生二千翔 (2019 すみゆめプロジェクト企画 参加)
愛媛県松山市出身。作家、演出家、映像作家。
劇団青年団演出部に所属。
東京と京都を拠点に演劇作品・映像作品、そして現在は脚本家として灯台にまつわるメディアコンテンツを発表している。
 2016年、第4回せんだい短編戯曲賞大賞受賞。2018年、本多劇場「下北ウェーブ2019」選出。同年、第1回人間座「田畑実」戯曲賞受賞。

山道弥栄 (2020 すみゆめプロジェクト企画 参加)
1995年高知県生まれ。幼い頃より歌舞伎や文楽に親しみ、6歳より義太夫三味線を竹本弥乃太夫師に、10歳より邦楽囃子を田中佐幸、望月庸子両師に師事。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部音楽環境創造科卒業。2018年より木ノ下歌舞伎に所属。古典作品をモチーフにした義太夫節による楽曲創作と、それを使用した演劇・舞踊作品の上演を行なっている。


古典を原案にしたことで、新しい扉が開けた

 

劇作家、演出家として活動する柳生二千翔さんは、2019年、室町時代の能「隅田川」(観世十郎元雅作)を原案に、新たな「隅田川物」を現代演劇として上演。現代の物語として、母と子の関係を描きました。

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柳生二千翔『アンダーカレント』(2019年12月15日〜17日)

柳生:すみゆめに応募したときには、既にテーマを決めていました。能の『隅田川』は母が子どもを誘拐されてしまい、深い悲しみに狂ってしまう話で、母親の涙が象徴的に描かれています。僕はもともと、母親と子どもの愛情関係に関心があって。逆に涙を流せなかった母親もこの世にはいっぱいいるんじゃないかと思ったんです。今、社会のなかで虐待があったりするけれど、その人たちをただ否定するんじゃなくて、その存在を考えたい。そう思ってこの題材をセレクトしました。
正直、古典はそれまで興味が少ない分野だったこともあり、文芸協力として山道さんにも入ってもらいました。古典のことを学びながら、少しずつ要素として取り入れていくことができた作品です。

山道:歌舞伎には「ないまぜ」と言って、複数の劇世界をコラージュする作劇法があるんですね。柳生さんがいろいろな古典作品の要素を意図的に、貪欲に取り入れていくのが「ないまぜ」的でおもしろいと思っていました。柳生さんがもともと考えていた要素のなかにも、不思議と古典に通じるところが多くて。古典に散りばめられている考え方が、今の人の感性にも残っていることを感じられたのがうれしかったです。

柳生:これまで作品はオリジナルでつくってきたので、原案があるのは初めてだったんです。こうして作品をつくることで自分の新しい扉を開けたというか。とてもおもしろかったし、自分らしい作品になりました。

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柳生:僕は作品を通して「世の中にこういう存在がいる」ということを知ってもらったり、「独りじゃないんだ」っていうことを伝えられたらいいなと考えているんですね。この作品では、子どもを愛せなかった母親の存在を新しい切り口で伝えることができたんじゃないかと思っています。そういう意味で、今まで自分がつくってきた作品のなかでも一番好きなものになりました。

 

連想をつなげ、作品をつくる

 

山道さんは、現代における歌舞伎演目上映の可能性を発信する「木ノ下歌舞伎」のメンバーとしても活動しています。すみゆめでは2020年、義太夫節と邦楽囃子、コンテンポラリーダンスによるパフォーマンスで、葛飾北斎が最晩年に手がけた錦絵シリーズ『百人一首姥がゑとき』に描かれた、当時の風俗や情景を現代に呼応させて表現しました。

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山道弥栄『ほくさいゑとき ―義太夫とコンテンポラリーダンスによる―』(2020年12月23日~2021年1月10日)

山道2019年に柳生さんの作品に携わって、能の「隅田川」がどういう作品なのか改めて考えるようになりました。それまでは悲しい話と捉えていたのですが、創作を通して今生きている人たちへのエールみたいなものを感じられるようになったんです。それで、私なりの隅田川物をつくってみたいと思うようになりました。古典好きとしては隅田川物をそのまま表現するのはなく、隅田川から出発しない作品にしたかったんですね。それで葛飾北斎の『百人一首姥がゑとき』に出てくる和歌の情景をつなぎながら、ダンス作品をつくることにしました。
その要素と合わせて、生きている人を含めた魂の鎮魂みたいなことを考えていて。感染症が流行り始めたころに、音楽やアニメ、漫画などに救われたことがあったんです。ちょっとでも心がふわっと軽くなるようなことが、自分の作品を観た後にも感じてもらえるといいなと思いました。魂を活性化させたり穏やかな気持ちにさせるという発想と、芸能、娯楽、宗教みたいなものを連想していくなかで、歩き巫女という要素を大きく取り入れていくことになりました。

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山道:古典を扱っていることもあって、普段は年齢層の高い方が見てくださることが多いんです。今回はオンラインでの発表に切り替え、動画にして配信したことで、20代や30代にも観ていただくことができました。中には家でプロジェクターをつなげて大画面で観たり、私が想定していなかった鑑賞方法で楽しんでくださった方もいたようです。初めて観た人にも邦楽器の音を聴いてもらったり、古語の響きを耳にしてもらうという体験を実現できたのがうれしいですね。

 

オマージュからオリジナルが生まれる

 

山道:リサーチしているとき、すみだ北斎美術館の学芸員さんに『百人一首姥がゑとき』の読み解き方を教えていただきました。それまで北斎は風景画を描いているという印象しかなかったのですが、実は実写というわけではないこと、古典のパロディが含まれているようなことを知って。作品の見方がかなり変わりました。

柳生:僕も作品をつくることになってから、「隅田川」の舞台でもある木母寺に行ってみたり、周辺を歩いてまわりました。鐘ヶ淵の辺りにはいろいろな史跡があったりして、歩いているだけで発見があるんですよね。いろいろ調べて解像度が上がっていくにつれ、歩くのがどんどん楽しくなりました。

山道:隅田川沿いには古典のモチーフが今も変わらずに残っていたりして、おもしろいスポットが多いですよね。私が隅田川を歩いたときには、人がひしめき合う土地だということを感じました。赤穂浪士が両国橋をそぞろ歩く討ち入りの場面だったり、明暦の大火で人々が逃げ惑う様子だったり。人がたくさん歩いていた土地だと体感したことが、冒頭、歩くシーンから始まるところにつながっています。

柳生:今回作品をつくったことを機に、いろいろな土地の古典をなぞった作品をつくってみたいと思うようになりました。自分が住んでいたまちでこういうことがあったんだとわかると、その土地と人のコミュニケーションが始まると思うんですよね。そのまちにまつわる古典作品を原案に演劇作品をつくっていくことに、継続的に取り組んでみようと考えています。

山道:原作をオマージュするというのは、もともと古典芸能にあるつくり方なんですね。今はオリジナリティが大切と言われますが、これまであった劇世界のなかに自分のオリジナリティが入ることで、新しい世界がふくらんでいくことのおもしろさがあると思っています。隅田川や葛飾北斎というテーマがあるのは、作品をつくる上ですごく強いきっかけになるはずです。他にもいろいろなジャンルの作品や活動が生まれていくのを私も楽しみにしています。

編集:橋本誠
取材・構成:中嶋希実

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