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古からの悲劇を語り継ぐー隅田川梅若伝説~箏と尺八・能を通して~【2021年イベントレポート】

撮影:ヤマワキタカミツ
企画名隅田川梅若伝説~箏と尺八・能を通して~
団体名:梅若泰志
開催日:2021年11月21日(日)
会 場:すみだ生涯学習センタ―(ユートリヤ)マスターホール

人買いにさらわれた京都の公家の子・梅若丸は、隅田川のほとりまでつれまわされ、この世を去りました。それから一年後、愛する我が子を探し求めていた母が、塚の前で念仏を唱えると、梅若丸が出現し……

今から約1000年前、まだ12歳だった息子・梅若丸を亡くした母親の悲劇を描いているのがこの「梅若伝説」です。梅若丸の墓は梅若塚といわれ、塚の供養のために建てられた庵室が後の梅若寺、今の木母寺(もくぼじ)の前身といわれています。墨田区の鐘ヶ淵がその地となりますが、あまり知られていないという状況にあるため、観世流能楽師・梅若泰志さんは、木母寺住職と共に木母寺周辺の小学校や中学校で出前授業を行っています。それは、梅若伝説について、また、梅若伝説が生まれた背景にこの地域の持つ歴史的、地理的特徴が強く影響していることなどについて、梅若丸と同じ年齢くらいの小中学生たちに能を通して知ってもらおうという授業です。今回のすみゆめ企画でも、子どもたちをはじめ地域の方々に梅若伝説への関心を深めていただきたいと、5つのアプローチから構成しました。


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プログラム
1)能についての話し
観世流能楽師・梅若泰志さんによる講演。能面を使った表現の方法についてなどの解説。

2)「梅若権現御縁起絵巻」の紹介
木母寺62世住職・阿部亮照さんによる、木母寺に古くから伝わる伝説について。絵巻物を写したパネルを使った梅若伝説のお話。

3)能「隅田川」の実演
出演:観世流能楽師・梅若泰志さん、梅若千音世さん

4)能「隅田川」の成立と梅若伝説の波及
講演:すみだ郷土資料館学芸員・高塚明恵さん

5)箏と尺八による「すみだ川」
演奏:八・田辺頌山さん、箏・高市雅風さん

能「隅田川」は、室町時代に創作された演目で、以来、能だけではなく歌舞伎・浄瑠璃など様々な分野で取り上げられ、「隅田川物」というジャンルを形成し、江戸時代の人々に大変親しまれました。国内にとどまらず、海を超え、イギリスの音楽家・ブリテンによって能「隅田川」をもとにしたオペラが作曲されるなど、梅若伝説の悲しい母子の物語は語り継がれてきました。

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今回のプログラムでは、能「隅田川」の実演を交えながら、梅若泰志さんが梅若伝説についてわかりやすく掘り下げました。木母寺住職・阿部亮照さんは、木母寺に古くから伝わるに絵巻物「梅若権現御縁起」を紙芝居にしてお話され、この物語の情景がより具体的に浮かび上がりました。

木母寺以外にも、梅若伝説に関わる民俗行事や芸能が行われている地域が全国的にあります。すみだ郷土文化資料館 学芸員の高塚明恵さんによる講演では、全国各地で今も行われている梅若伝説系列の行事や芸能がリストアップされ、紹介されました。木母寺では、毎年4月15日に梅若忌大念仏法要が催されていますが、梅若丸供養のための行事は全国的な広がりを見せています。それらの事実からは梅若伝説が特定の地域だけのものではないということがわかります。

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1000年以上たった今もこのように広い地域で語り継がれているのには、母と子の悲劇の物語というものが、いつの時代も人々の心を打つテーマであるからに他ならないでしょう。

箏と尺八による演奏は、謡曲「隅田川」に題をとった、生き別れの子を探す狂女の歌(浅野正樹子作歌、杉沼左千雄作曲)です。2015年に梅若忌で奉納初演された新しい作品となり、「梅若丸の母が見たであろう春の美しい隅田川、我が子の運命を知る苦しさ悲しさ、夜が明け新しい日が上がりまた生きとし生けるものすべてがその命の営みを続けて行く」ことが歌に表現されています。

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中世にはすでに歌枕の地「などころ」として知られていたという梅若塚。古くから歌詠みの素材としても定着したのには、ここが古代東海道という地理的起因もあるようです。こうしてどんな角度から見ても奥が深い梅若伝説ですが、その魅力に魅せられ、能楽師という立場から「隅田川」に向き合ってきた梅若泰志さんは、これからも梅若伝説を語り継ぐ活動を続けていきたいという強い意志を、このプログラムの最後に語られました。

ダイジェスト映像

堀 あいえ

東京都生まれ、東京都在住。上智大学文学部フランス文学科卒業後、一橋大学大学院言語社会研究科修士課程を2003年に修了。雑誌・書籍・webでは翻訳・インタビュアーとして執筆。著書に「スタイリッシュ・シネマとスケッチ・ノート 映画の中のファッションと衣裳デザイン」(文化出版局)、翻訳書に絵本「星の王子さま」(徳間書店)など。2020年にノマドプロダクションに参加。

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