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眠っていた身体感覚を呼び覚ます「螺旋の川 (パフォーマンスクルージング)」【2022年イベントレポート】

企画名螺旋の川
団体名:一般社団法人Token
開催日:2022年11月19日(土)、20日(日)
※11月20日(日)は天候不良のため欠航
会 場:小梅橋船着場(集合場所)、両国防災船着場(解散場所)

東京スカイツリーの足元に位置する小梅橋船着場を静かに離岸した小型船が、暗い夜の隅田川を下る。きらびやかなまちの夜景に見とれていると、頭上に差し掛かる橋の裏側が船に積まれたライトで照らし出される。そこを見ろとばかりに。

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「螺旋の川」は、外濠を含む神田川、日本橋川、隅田川などを日没後に巡るパフォーマンスクルージングだ。2015年から主に大阪で不定期開催されている梅田哲也、hyslomらによるナイトクルージング・パフォーマンス《入船(ニューふね)》を原案として企画、構成されたものだ。

乗船した観客に配られたマップには、隅田川を南下して両国橋付近で合流する神田川を上り、後楽橋付近から日本橋川へ入り再び隅田川へ戻るという船のルート。それぞれの川や橋、クルージング体験に関わるキーワードとその解説、参加アーティストの作品ポイントなどが記されている。

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▶︎都市の裏側を照射する

隅田川から、川幅の狭い神田川に入ると水辺から見る都市・東京の風景の解像度がぐっと上がる。それは普段、ほぼ路上を移動している我々には知覚困難なものばかりだ。 

かつては料亭や船宿が多く栄えていたという柳橋〜浅草橋付近には、まちなかでは目にすることのない、頼りない木造の小屋や屋形船等の発着に用する船着場が点在する。白鷺が門番のように佇んでいた。千代田区神田のオフィス街に入ると、川岸からはびっしりと立ち並ぶビルの「背中」が目につく。かつては水運にも多く使用されていた川のはずだが、現在のビルの玄関は並走しているであろう道路側を向いているからだ。

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マップには「封鎖された窓」「高さが異なる地盤」「お茶の水分水路吐口、呑口」「お茶の水駅の仮設桟橋」「お茶の水渓谷」などのキーワードが並ぶ。「封鎖された窓」は高度経済成長期の水質悪化により川が異臭を放っていた名残らしい。護岸もコンクリートばかりで味気がない。そんな場所がライトで照らし出され、船に積まれたスピーカーからは、ラジオ的に水路の工事に関する会話が時折聞こえてくる。

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「お茶の水分水路吐口、呑口」に、大きな金属製のホーンを乗せた梅田の《出張入船》が現れ、大きな音を響き鳴らしながら分水路(暗渠)の中へ進んでいく。どこへつながっているのだろうか。お茶の水あたりの川辺は、わずかな岸辺に植生があったり、護岸のすぐ向こうに大きな木が生えていたりと比較的緑が豊かだ。裏を返せば、我々が普段歩いている路上の緑がいかに乏しいことか。ここに集まってきた鳥もいる。水辺は都市の中で貴重な自然のある場所でもあるのだ。しかも公園とは異なり、ここに人が足を踏み入れることはほとんどない。

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▶︎阪中隆文《Reflective kayaking》、小寺創太《閃》

分水路の出口から《出張入船》が再び現れた後、「水道橋分水路吐口」奥の暗がり(暗渠)には阪中隆文が乗るカヌーが浮かぶ。しばらく眺めていると、「吐気」という光る文字が掲げられた。暗渠の水上ならでは空気がそこに流れているのだろうか。

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日本橋川に入ると、頭上には首都高速が走る。進行方向に掛かる南堀留橋の上に立つ6人の手から次々とカメラのフラッシュが光る。川から岸辺や橋の上を眺めてばかりいたこちらが「見られる」ことを強く意識したひと時だった。

▶︎トモトシ《善のトレーニング》

少し先を行く《出張入船》が護岸の一部に残る石垣の近くに停まり、船からそこに人が飛び移る。マップの説明によれば、石垣は築400年。江戸の天下普請で建てられたものだそうだ。 

常盤橋門跡の高い石垣の上には、トモトシが待ち構えていた。段ボールの中に入ったゴミを川に投げ入れる。今ではタブー視されている行為だが、かつては当たり前のことだったのかもしれない。

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▶︎水沢なお《川》、山本篤《川沿いの小屋》、渡辺志桜里《かつての地上》

日本橋船着場で、詩人の水沢なおが乗り込む。日本橋川から隅田川にかけて、川や移動に関する言葉などが含まれる詩を読み上げ、クライマックスの雰囲気となる。

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下船場所が近づき、再び夜空に光を放つ東京スカイツリーと、見慣れたきらびやかなまちの風景が目に入ってくる。首都高脇に設置された広告用のプラズマディスプレイに、CM感が全くない山本篤の映像(タイトル通り「川沿いの小屋」)が一瞬、表示される。お土産には、渡辺志桜里による、東京湾の海水が詰められたという瓶が配られた。

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夜の船着場を出て約2時間。日頃は眠っていたような身体感覚を呼び覚まし、少しタイムスリップ体験もできたような時間だった。車や電車、飛行機での移動はスピードも早すぎて、なかなかこうはならない。船で水の上を移動するという行為は、人間らしい身体感覚をぎりぎり保てる手段なのかもしれない。水沢の詩の一節が心に残った。

船は進む
めぐる
僕は
僕の魂の底をめぐる
めぐる
僕の方に
冷ややかさがめぐる
めぐる
流れていることだけが意味をもつ

橋本誠(はしもと まこと)
美術館・ギャラリーだけではない場で生まれる芸術文化活動を推進する企画・編集者。東京文化発信プロジェクト室(現・アーツカウンシル東京)を経て、2014年に一般社団法人ノマドプロダクションを設立。NPO法人アーツセンターあきた プログラム・ディレクター(2020〜2021年)。編著に『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』(千十一編集室/2021)。

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