伝統と現代のズレと重なりを示したダンス・パフォーマンス『双面ディレイ(ふたおもてでぃれい)』【2025年度イベントレポート】

開催年:2025
企画名:双面ディレイ
団体名:ふらすこ
公開日:2026/01/09

何より記憶に刻まれたのは、動きを止めた時の身体である──「双面ディレイ Ghosts as Afterimages」で振付のハラサオリは、静止画のように立ち止まったポージングをたびたび見せた。
その姿に、ファッション写真のポージングを連想する人がいたかもしれない。つまり、ただ動きを止めただけでなく、キメキメの揺るぎない姿勢なのである。
その前後には、ハラサオリをはじめモテギミユと山田茉琳(やまだまりん)の3人によるダンスももちろんある。こちらもファッション誌に端を発するダンスの一種であるヴォーギングを彷彿とさせる踊りで、時々、激しい動きもあった。だからこそ、ストップ・モーションがいっそう映えた。

 

ハラが示した、動あってこその静の見せ場は、歌舞伎にも共通する。歌舞伎に見得(みえ)と呼ばれる独特の演技術がある。動作を一瞬ぴたりと止め、見る者に場面を印象づけ集中を促す手法である。
ハラが見得を意識して参照したかどうかはわからない。だが、今回の振付と歌舞伎の見得に共通点があるのは確実だろう。

共通点と言えば、大谷能生(おおたによしお)と常磐津の音楽も底のあたり通じ合う。今回の公演で大谷は、各種の広報メディアで「ジャズプレイヤー・作曲家」と紹介されていた。大谷はジャズに関する著述活動でも知られるが、「ジャズプレイヤー」と称されることはこれまで乏しかったと思われる。

だが今回、「ジャズプレイヤー」という肩書きによって、常磐津との距離が近くなった。ジャズはもともとダンスとともに育まれてきた音楽である。常磐津も同様に、かねて踊りとともに歩んできた音楽である。双方の接点がここにある。

本作で大谷は、常磐津和英太夫(ときわづわえいだゆう)と常磐津佐知太夫(ときわづさちたゆう)による浄瑠璃と常磐津菊与志郎(ときわづきくよしろう)が奏でる三味線とともに、ハラたちのダンスを支えた。コンテンポラリーダンスと常磐津が違和感なく溶け合った。

つまり、「双面ディレイ」は現代のダンスや音楽と常磐津との違いではなく、共通点をまざまざと示した。

舞踊劇「双面」の初演は1775(安永4)年。そして、ちょうど250年後の2025年に、新しく「双面ディレイ」が登場したのである。隅田川を題材とする作品がその川にほど近い堺町(現在の人形町)の江戸中村座にて生まれ、やがてやはり隅田川のそばの曳舟のユートリアで再生したことをここに記録しておきたい。

さらに共通点はダンスと音楽のみならず、この舞台作品のあらゆる場で見られたと言える。

たとえば、舞台美術はシンプルだが、能舞台の橋がかりを思わせる足踏み台が左手側に据えられていた。この装置はダンサーの登場と退場を印象づけ、本作のテーマのひとつである現実世界ともうひとつの世界との行き来をほのめかした。本作の副題は、先にも記したように「Ghosts as Afterimages」。直訳すると「残像としての幽霊」となる。

それから、HATRA(ハトラ)による衣装にも着目したい。HATRAとは、長見佳祐(ながみけいすけ)が2010年に設立したファッション・ブランドであり、その特徴のひとつはユニセックスの服を展開している点にある。

なお、「双面ディレイ」の元となる「双面」は、乞食坊主である法界坊(ほうかいぼう)と高貴な野分姫(のわけひめ)の霊魂が合体した幽霊についての物語である。一人の役者が男と女を演じ分け、男として踊り、女としても舞う。

つまり、男と女を分け隔てしないHATRAの服は、「双面」のエピソードを図らずも補強する。

また、「双面ディレイ」の舞台前半で三人のダンサーたちは和服のような直線断ちの服を羽織り、ボディラインを隠していた。つまり、女性であることのアピールを封じ込めていた。

だか、羽織っていた服を脱ぐと三人ともノースリーブを身につけていた。解放されたかのように。さらに言えば、服を着替えたり脱いだりすることで場を変えることも、かねがね歌舞伎が繰り返してきた手法である。

また、金原亭小駒(きんげんていここま)と金原亭馬太郎(きんげんていうまたろう)、柳家小はだ(やなぎやこはだ)による象のサーカス団も効果的で、緊張に満ちたスリリングな本作に潤いを与えた。放送作家、プロデューサーとして古典芸能の新しい局面を切り拓いてきた和田尚久による企画・構成が功を奏した。

伝統と現代が交錯する本作では、三味線にピックアップマイクがついていた。菊与志郎の演奏をその場で取り込んで電気信号に変換し、大谷の操作によって新しい音楽へと発展させたのである。生演奏の三味線と、そのゴーストであるかのような音がズレたり重なったりして「双面ディレイ」の世界観を提示した。

ズレたり重なったりするのは音楽に限らない。さまざまなものが少しズレてやがて重なることが、本作の軸となっている。それは、「ディレイ」と称したタイトルからも明らかだ。

なお、ズレと重なりに関して大谷は、「ポリリズムとしての河内音頭」と題した文章で次のように綴っている。

「物語の時間と、声の伸縮と、演奏の密度と、踊り手たちの手と足と視線と円運動とがそれぞれズレ合いながら重なってゆく芸能が、河内音頭である」
(CD「河内家菊水丸東京独演会 通し読み 河内十人斬り」ブックレット所収 2024)

この指摘は、「双面ディレイ」にも当てはまる。
そして伝統と現代のズレと重なりを示した本作の試みは、一度きりで終わることなく、継続的な検証と実践を期待したいものである。ハラも大谷も伝統芸能の演者との共同作業を経て、これまでのキャリアを押し拡げる機会となったはずだからに他ならない。早い話、次も見たい。

写真:高田洋三(最後の1点を除く)

 

新川貴詩(しんかわ たかし)
兵庫県生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了。現在は東京都在住、隅田川沿いに暮らしています。美術/舞台芸術ジャーナリストとして、新聞や雑誌、Webサイトなどに文章を執筆。また、展覧会企画にも携わるほか、学校教員や編集者も務める。

開催日:①12月16日(火)19:00 開演、②12月17日(水)15:00 開演、③12月17日(水)19:00開演

会 場:すみだ生涯学習センター(ユートリヤ)マスターホール(墨田区向島2-38-7)
Project Name:Ghosts as A erimages
Organized by:FRASCO
Venue:Venue :Sumida Lifelong Learning Center "Yutoriya" (2-38-7 Mukozima, Sumida City, Tokyo)
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