演劇とまちあるきで東向島の魅力に触れる【2017年レポート】
みなさん、すみだを拠点に活動する劇団「シアターキューブリック」をご存知でしょうか? 2000年に旗揚げされ、ノスタルジックでファンタジーな世界観で老若男女が楽しめる作品を発表してきました。「演劇でまちを遊園地に!」を合言葉に、演劇を通して人と人、人とまちをつなげる活動をしています。まちあるきツアーなどで、すみだの商店街を盛り上げている地域密着型アイドル「帰ってきたキューピッドガールズ」も同劇団の女性メンバーが中心。劇団といっても、その活動の場は、もはや劇場だけにとどまらないのです。
そんなシアターキューブリックがすみゆめの舞台に選んだのは、銭湯。墨田区東向島にある昭和26年開業の寺島浴場です。本公演前に行われたゲネプロにお邪魔してきました。
ビルの1階にある寺島浴場に一歩足を踏み入れると、そこはまさに昭和の世界へタイムスリップしたかのようです。女湯へと促され、荷物をロッカーに預けて裸足になって浴場へ。入浴以外に銭湯の浴場に入るなんて経験はなかなかありません。「エーデルワイス」や「グリーングリーン」など、どこか懐かしいリコーダーの音色が浴室内に響き渡ります。
写真:渡辺慎一
ボーン、ボーンと古時計が時を告げ、いよいよ幕が上がりました。脱衣場の方から次々と登場する演者たち。私たち観客の目と鼻の先を役者たちが行き交い、舞台と客席という垣根を感じることなく、物語の世界へと誘われていきます。
写真:渡辺慎一
<あらすじ>
気がつくと19年前、11歳の小学生に戻っていた小梅。訳が分からないものの、当時のクラスメイトらを目にし、楽しかった思い出をかみしめるようににぎやかな時間を過ごす。一方、病気がちなミサキはあまり学校に来られず、大人びた雰囲気もあってクラスでも一人浮いていた。ある日、小梅はみんなの目を盗むようにして、久々に学校へやってきたミサキに話しかける。少しずつ打ち解けていく二人だが、これが二人で過ごす最後のひと時だった。
物語のラストには、役者さんがドボンと湯船に落ちていく、銭湯ならではの演出も。レトロな銭湯とノスタルジックな作品の雰囲気がとてもマッチしていて、気づけば自分の小学校時代をぼんやりと思い返していました。
公演後は、物語の舞台となった町を巡る「まちあるき」。本公演中は上演前に開催され、東武線の東向島駅からスタートするとのことですが、今回は寺島浴場からの出発です。この辺りは東京大空襲前のはこの辺りは 「ゴリラヶ原」と呼ばれる原っぱで、見世物小屋やサーカスのテントが立ち並ぶような場所だったそう。「今 、私たちは昔のどぶ川の真ん中を歩いています」とのアナウンスに驚きつつも、コンクリートの道路や住宅街といったいつもの町の空間が違って見えてきます。
写真:渡辺慎一
まずは、劇中で小梅とミサキが買い食いした最中を売る「菓子遍路 一哲」へ。ナスの形をした最中「なすがままに」は、江戸野菜・寺島なすの甘露煮が小倉あんに練りこまれた一哲のオリジナル菓子。
かつて東向島界隈は寺島という地名で、この地で作られたナスは「寺島なす」と呼ばれていました。けれども、関東大震災後に農地だった土地は被災者らの住宅用地となり、寺島なすは幻のナスに。近年、その復活を町の活性化にもつなげようと、周辺では寺島なすの栽培が積極的に行われています。駅近くの駐輪場でも寺島なすのプランターをちらほら見かけました。
次に向かったのは、食べ歩きにピッタリな「魚八栄五郎」。下町のお総菜屋さんです。以前は近くに銭湯があり、近所のおばあちゃんたちが湯上りにコロッケや磯辺揚げを買いに立ち寄っていたといいます。私たちも小腹を満たすべく、お惣菜を品定め。「コロッケがおすすめ」との言葉に、コロッケは即完売してしまいました。7人のお子さんを抱える女将さんは、まさに下町の大家族を支える肝っ玉母さん。「下町の人はいい意味でおせっかい。子供たちは町の人みんなに育ててもらったようなもの」と、笑顔で話してくれました。
東向島駅はもともとは玉ノ井駅という駅名だったそう。駅の看板にも旧玉ノ井駅の表記があります。周辺はかつて遊郭があった、いわゆる赤線地帯だったとのこと。当時は置屋のことを「カフェー」と小粋に呼んでカモフラージュしていたのだとか。まちあるき中にも、そうした“カフェー”の名残りが特徴的な建物をたくさん見かけました。カフェーらしい丸い柱やバルコニー、窓にあしらわれた洋風の装飾など、今では民家となっている建物にその痕跡がうかがえます。
まちあるき終盤、劇中で小梅とミサキが立ち寄った公園へ。「ここが、二人が最後に過ごした場所か」と感慨にふけっていると、海抜がマイナスという表示を見つけ、参加者全員でビックリ。近所のおじさんも出てきて、「荒川が氾濫して洪水になったら、この辺は全部2階まで水浸しだよ」と教えてくれました。
細い路地や町工場が建ち並ぶ中を進んでいくと、小さな発見や出会いがいろいろあります。このほかにも「謎の朝市」や「コの字型の小道」「不思議なドン突き」などなど、興味をそそられるものがいっぱい。これらのキーワードが気になった方は、ぜひ東向島周辺を散策してみてください!
レポーター:岩本 恵美(いわもと えみ)
東京・下町生まれ、下町育ちのライター・編集者。Webメディアや新聞紙面の制作に約10年携わり、2016年よりフリーランスに。アートや音楽などカルチャー全般が好きで、食わず嫌いのない雑食系です。昨年に引き続き、彩り豊かな「すみゆめ」を生き生きとレポートしていきたいと思います。