隅田川と街に溶け込む、ピアノの音色【2019年レポート】
一般社団法人もんてんが主催する『ストリートピアノすみだ川2019』が、10月5日(土)、6日(日)に両国橋たもとの隅田川テラスにて開催されました。
まちなかに設置され、誰でも自由に演奏することができるストリートピアノ。イギリスからはじまり世界に広がったストリートピアノは、現在、国内の駅や公共施設などでも見かけるようになりました。
今回ピアノが置かれた場所は、隅田川沿いに整備された遊歩道の隅田川テラス。都心の貴重な水辺空間として、地域住民に親しまれている憩いの場です。
真夏のような暑さがぶり返した初日には、小・中学生から通りすがりのサラリーマンまで、多くの参加者がピアノを弾きに訪れました。
演奏を終えた参加者の第一声は「暑かった!」。けれども、心地よい川風や電車の通り過ぎる音を感じながら、開放的な空間でピアノが弾けたことに、みなさん満足した表情を浮かべていました。
ランニングや自転車で隅田川テラスを走っていた人たちの中には、ピアノの音色に誘われて足を止める方も。
『ストリートピアノすみだ川』が催されるのは今年で3回目。プロアマ問わず、だれでも気軽に参加できるストリートピアノですが、本イベントの特徴を際立たせているのが、“演奏サポーター”の存在です。
当日は、音楽家の赤羽美希さんと打楽器奏者の正木恵子さんによる音楽ユニット「即興からめーる団」の2人が主軸となって、ピアノに不慣れな参加者の演奏に伴奏をつけたり、鍵盤ハーモニカや打楽器を交えながら、演奏を盛り上げたりしていました。
「指一本からでもピアノが弾けて、これまで音楽に触れたことがない人でも参加できるような機会にしたかった」と話すのは、一般社団法人もんてん代表理事の黒崎八重子さん。時には、演奏サポーターの声かけで、ピアノ演奏と、自前の打楽器を持参した参加者の方によるセッションが実現することもありました。
演奏時間は1人につき5分以内。聞きおぼえのあるクラシックの名曲から、アニメソングやゲーム音楽、現代音楽に即興演奏まで。参加者の選曲は多岐にわたります。
赤いリボンをつけた小学生の女の子は、大好きなジブリ映画に登場するヒロインをイメージした衣装で参加。「外でピアノを弾いたのははじめてだったけど楽しかった。また来年も行きたい」と笑顔でコメント。
札幌在住の女性は、たまたま用事があって都内に来ていたところ、イベントの開催を知って参加を決意。「ピアノは10年前に習っていたけれど、途中でやめてしまった。今日が人生はじめてのストリートピアノデビュー。はじめは緊張で足が震えていたけれど、川沿いの演奏は気持ちが良かった」と達成感に浸っていました。楽譜が風で飛びそうになると、観客の方がそっと譜面を押さえに来てくれる一場面も。
本イベントで使われているピアノは、かつて墨田区に稽古場を持っていた劇団から、黒崎さんが譲り受けたもの。当日は、劇団員の方も見学に訪れ、今も現役で活躍しているピアノをうれしそうに眺めていました。
ゲーム音楽やボーカロイド音楽をメドレー形式にして、迫力ある演奏で観客を魅了していたのは、地元在住の高校生男子。「以前通っていたピアノ教室の先生に、イベントのことを教えてもらって参加した。いつもは室内で弾いているから、外で演奏するのは不思議な感じがする」と、新鮮な体験を楽しんでいた様子。
「両国は和風のイメージなので、選曲も和を感じるものにしました」と話すyoutuber(ユーチューバー)の女性参加者は、土地の雰囲気に馴染んだ曲を披露。
SNSやチラシを見て、事前にイベントの開催を知って参加した人もいれば、通りすがりに立ち寄る人の姿も見かけました。一度観客の前で演奏して自信をつけた参加者が、ふたたび演奏することもしばしば。さらに、第1回目の開催から毎年来ていると明かす参加者の方もいました。
演奏サポーターの正木さんは、「ショッピングモールや駅に置かれるピアノと異なり、川を目の前にして演奏できる場所はなかなかない。ロケーションが気に入って、リピーターの方が来てくれているのは、大きな特徴だと思う」とコメント。
「奏者に限らず、お客さんのリピーターもいる。積極的に周囲の人たちとコミュニケーションを図り、交流が生まれやすい雰囲気になっているので、観客もまた聴きに行きたくなるのかもしれない」と話すのは、同じく演奏サポーターの赤羽さん。
毎年このイベントに訪れていると話す地元住民の方は、「上手いも下手も関係なく、気軽にピアノ演奏を聞けるのが良い。生活の中に音楽がある風景が素敵」と、演奏を楽しんでいました。
ほかにも、今回の新たな試みとして、ピアノを山車に乗せて両国門天ホールから、隅田川テラスへ移動するパフォーマンスをおこないました。
「門天ホールの活動の象徴でもあるピアノを、お神輿のようにみんなで運べたらいいなと思っていたところ、美術家の北川貴好さんから『ピアノの移動をパフォーマンスとして見せることができるのではないか』という提案をいただき、実施することにしました」と黒崎さん。今後は、山車を改良して、ストリートピアノとコラボレーションできるような取り組みも考えていきたいとのこと。
コンサートホールで聴く演奏とは、違った味わいのある『ストリートピアノすみだ川』。隅田川テラスを行き交う人たちの間に流れるピアノの音色が、見事に街の雰囲気に溶けこんでいました。隅田川を前に演奏できる貴重な機会に、ピアノ初心者の筆者も「次回は参加してみようかな」という思いが高まりました。
レポーター:田中未来(たなかみき)
美術館めぐりと田舎旅が趣味のフリーランスライター。都内の展覧会レポートを中心に、街歩きやアートに関する記事を執筆。