屋形船を模した舞台上で、鮮やかにすみだの風景を映し出すオムニバス短編劇【2019年イベントレポート】
「隅田川 森羅万象 墨に夢」の一環として、すみだパークスタジオ演劇部・扉座大人サテライト公演『夢劇アンソロジー 「イースト・すみだ・ストーリー」』が、12月13日(金)〜15日(日)に、すみだパークギャラリーささやにて行われました。
すみだパークスタジオ演劇部・扉座大人サテライトは、50歳以上の方を対象に、2019年4月に開校したばかりの演劇塾。演劇のリハーサルスタジオとして25年の歴史を持つすみだパークスタジオと、スーパー歌舞伎㈼「ワンピース」や、人気アイドル等の舞台を手がける演出家の横内謙介氏が率いる劇団扉座が主宰となって設立されました。
週に1回、すみだパークスタジオ内の扉座アトリエにて稽古を重ねて来たメンバーによる、初の本格的な公演となる本作。横内氏が総指揮・監修する『夢劇アンソロジー 「イースト・すみだ・ストーリー」』は、本公演のために創られたオリジナル作品で、すみだにまつわる多彩な物語が、オムニバス形式の短編劇になって語られます。
屋形船を模した舞台上では、船頭役の役者さんが上演前から観客に声をかけ、会場内の雰囲気を和ませていました。開演時間になると、屋形船に乗船するお客さんに扮した役者たちが続々と登場し、宮沢賢治の詩「隅田川」を引用した台詞と共に、物語がはじまります。
全9編の演目は、会話劇に限らず、歌やダンス、空中パフォーマンスなども盛り込まれた贅沢なラインナップ。物語の中で扱う時代も、江戸時代から現代にかけてと幅広く、古典落語や映画「タイタニック」に漫画「愛と誠」のパロディ、それに時事ネタ等を取り込みながら、鮮やかにすみだの風景を映し出していきます。
作中には、すみだに所縁のある物事が、くまなく散りばめられていました。たとえば、すみだ界隈で江戸時代末期頃から伝承される怪奇談「本所七不思議」に登場するタヌキや河童が出てきたり、両国橋を舞台にした落語「たがや」を原作にしたショートストーリーがあったり。さらに、昭和の大空襲を扱った演目では、戦時中の記憶と現代の隅田川の物語が呼応し合い、時代を超えたラストシーンには、胸を打たれます。
舞台後半では、墨田区に拠点を持つ、日本初の空中パフォーマンス専門スタジオ「エアリアル・アート・ダンス・プロジェクト(AADP)」による、美麗な空中パフォーマンスが、お芝居を盛り上げます。布を使った神秘的な踊りと、役者の演技が絡み合うシーンは、思わず息を呑む美しさ。いずれの演目も、すみだの歴史的な出来事や、隅田川にまつわる話を題材にしていることから、いかに墨田区という場所が、豊富な物語資源の宝庫であるかということを、実感させられます。
バブル時代に流行したディスコ仲間たちの再会を描いた作品は、「扉座の振付を長らく担当しているラッキィ池田さんから聞いた話が元ネタです」と横内氏。「本所出身のラッキィさんに、どこで踊りをはじめたのかと聞いたら、錦糸町のディスコだと言う。それで、現在は公園になっている場所に、昔は大きなディスコがあって、すみだの職人さんたちが踊りに行っていたことを知ったんです」と、製作秘話を明かしてくました。
最後には、「春のうららの隅田川」の歌い出しが有名な、「花」(瀧廉太郎作曲)を全員で歌って終幕。「この公演は人間賛歌だと思っています」と、すみだパークスタジオの篠原要氏がパンフレットに寄せたコメントの通り、役者の活き活きとした素直なお芝居が胸に響く、あっという間の2時間でした。
「大人の部活動」をコンセプトにした演劇部のメンバーは、一人何役も兼ね、さまざまなキャラクターを演じ分けています。「少しでもメインの役になる機会を増やすためには、細かく話を区切るのがベストだった」と横内氏。時には妖怪になったり、セーラー服や学ラン姿で舞台上を走り回ったりと、どの役も楽しそうに演じている姿は、観劇するお客さんたちの顔を、自然と笑顔にしていました。すみだの知らなかった一面を発見する驚きがありつつも、大人たちの青春に、元気づけられる公演でした。
終演後は、演出家の横内謙介氏と、すみだパークスタジオの篠原要氏にお話を伺いました。
−まずは、すみだパークスタジオ演劇部・扉座大人サテライト立ち上げの経緯について教えてください。
篠原: もともと倉庫業をしていた頃に、外部の方から広いスペースを探していると問い合わせがあり、それに応じる形で、1993年に演劇のリハーサルスタジオ「すみだパークスタジオ」を作りました。その後、すみだのまちにスカイツリーができる頃に、今度はこの場所から何かを発信してみたいと思うようになって。同時期に、森下にある劇場がなくなるという話を聞き、客席を譲り受けることになりました。それで、2010年には「すみだパークスタジオ倉」という劇場をオープンしました。練習する場所に公演する場所も作って、次に何ができるかと考えた時に、一般の方とコミュニケーションが取れる、材料としての演劇はないかなと思っていました。ちょうどその時、横内さんから「大人の演劇部をやろうと思っているのだけど、一緒にやらないか」というお誘いがあったので、タイミング良くそのお話に乗ることができました。
−50歳以上の方を対象にした演劇塾ということですが、メンバーのみなさんには、どのような方がいますか?
横内:実は演劇の素人はあまりいなくて、すでに別の劇団や、著名な演出家の下で修行を積んできた猛者たちもいます(笑)。今の世の中はリタイアしてから役者をやりたい層が分厚く、若者の演劇業界と同じくらい需要が高い。普段は週1回の稽古ですが、公演の本番前にはどうしても稽古の頻度を上げないといけなかった。みなさん家庭や仕事がある方々なので、年末の2週間を稽古のために空けてもらうのは大変だったと思います。
篠原:今回、墨田区民の方は一人も参加者にいなかったので、今後はぜひ、墨田区の方々にも(演劇塾に)来てもらいたいという気持ちがありますね。
−公演にあたり、大切にしたのはどのようなことですか?
横内:とにかく「体験」することが第一だと思っています。演じる本人たちが楽しむことはもちろん、来てくださるお客さまを楽しませること。お客さんと一緒に時間を共有して、その時間がいいものだったという体験をしないと、芝居が辛いものになったり、嫌いになったりすることがままあるので。
演出家・横内謙介さん「すみだは演劇のまち」
−すみだにまつわるさまざまなストーリーが作中に散りばめられていましたが、横内さん自身は、墨田区とのつながりをどのように感じていますか?
横内:20年以上、扉座はすみだパークスタジオを活動拠点にしていますが、今回は劇団に所属する演出家を、すみゆめの寄合に参加させるなどして、はじめて墨田区の人たちと交流する機会を設けました。そこで分かったのは、そもそも墨田区に芝居の稽古場があり、毎日、日本有数の役者やアーティストが集まってものづくりをしていて、演劇界で話題になるものが年に何本もここから生まれているということを、地元の人はあまり知らなかったということです。
−最後に、すみだパークスタジオ演劇部・扉座大人サテライトの今後の展望について教えてください。
横内:今の活動を続けながら、出張演劇もやりたい。墨田区にはいろんな話があって、ネタには事欠かないから、レパートリーを蓄積していきたい。また、この演劇塾は「スターを目指すアマチュア集団」と銘打っているので、いずれここから人気者が生まれて、「墨田区発、すみだパークで育ちました」という場所になっていったらいいなと思います。
篠原:すみだのまちの話を、現在住んでいる人たちによって掘り起こしたいという気持ちもあります。 墨田区在住の方が参加してくれることによって生まれるリアルな話を、オブラート(フィクション)で包みながら伝えられるようなことができれば、とてもいいものが作れると思います。
横内:墨田区にはすみだトリフォニーホールがあって、音楽のまちというイメージが定着していますが、確実に演劇のまちでもあります。日本初のエアリアル(空中演技)専門のスタジオや、振付家の前田清美さんが主催するダンススタジオ、ステージ衣装のデザイン・製作を行うアトリエヒノデもある。この場所に毎日スターが来て、お稽古をしたり、公演を行ったりしていることが、それほど知られていない。演劇人が溢れるこの街で、もっと演劇が広まっていくのが理想です。
まちの人も知らないようなすみだの物語が、短編のオムニバス形式で語られた本作。ものづくりのまちから発信されるすみだの今昔物語は、これからも無限に生み出される可能性を秘めているのではないでしょうか。
役者から、観劇したお客さんへ。お客さんから、まちの誰かへ。隅田川の流れのように、ゆるやかにすみだの物語が語り継がれていったら良いなと感じるひと時でした。
レポーター:田中未来(たなかみき)
美術館めぐりと田舎旅が趣味のフリーランスライター。都内の展覧会レポートを中心に、街歩きやアートに関する記事を執筆。