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音楽を通したゆるやかなコミュニティを作る「ストリートピアノすみだ川2022」【2022年イベントレポート】

企画名両国橋アートセンター2022・ストリートピアノすみだ川2022
団体名:一般社団法人もんてん
開催日:2022年11月26日(土)、27日(日)
会 場:隅田川テラス(両国リバーセンター付近)

ストリートピアノすみだ川は、両国駅付近のすみだ川テラスにアップライトピアノを設置して、誰もが自由に演奏したり、演奏を聴いたりできる場をつくり、音楽をきっかけにそこで出会った人たちの間にコミュニケーションが生まれるような場をデザインする企画です。最大の特徴は、ピアノを習ったことがある人はもちろん、小さい子どもやピアノを弾いたことがない人であっても、指一本で弾くところから参加できるように、演奏サポーターを配置していることで、私もこれに参加しています。サポーターは、連弾で伴奏をしたり、打楽器でリズムを加えたりしながら、参加者を音楽で盛り上げることもあれば、弾きたいけれども人前に出る緊張で泣いてしまう子どもには、声をかけて勇気づけ、楽器で遊んだりするところから演奏へと誘うことも。演奏終了後には心から演奏者を讃えます。また、会場で聴いている方々にも楽器を渡して演奏に巻き込むなど、様々なアプローチで参加者をサポートしていきます。

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そこにいる人みんなが主役―企画の始まりと演奏サポーターの役割

この企画の構想をもんてん(両国門天ホール)の黒崎さんから最初に伺ったのは、2016年でした。「もんてんの象徴であるピアノ[1]で、多くの人に恩返しをしたい。ピアノは演奏が上手い人だけが弾ける特権的なものではなく、みんなのもの。ピアノを弾いたことのない方や障害を抱える方など、誰もがピアノにふれあい、楽しめる企画をしたい。音楽の力を地域や市民のみなさんに還元したい。」それを聞いて提案したのが、ピアノを公の場に設置するだけではなく、演奏サポーターを導入することです。ピアノをあまり弾いたことのない人や習いたての人でもサポーターとセッションすることで演奏が豪華になったり、みんなの前で演奏する勇気がもらえたりする、そんな役割の人がいると良いのではないかと考えました。そして、音楽に親しんできた私自らができるその役割を買って出て、これまで企画に携わってきました。

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黒崎さんとサポーターを務める即興からめーる団[2]が共通して持っているのは、「そこにいる人みんなが主役」という考え方であり、さらに、その場にいる人全員を音楽でつなぎ、音楽を通したゆるやかなコミュニティを作ろうとするマインドです。この考え方が2017年から今までのストリートピアノすみだ川の場づくりの根底にあり、6年の間、毎年活動が展開されてきました。 

ピアノのある風景から生まれる人間ドラマ

1年目は初めての実施ということで、印象深い出来事が多くありました。テラスを走るランナーの方に声をかけて、指1本弾きでセッションに参加してもらって楽しんでもらえたこと。突然現れた、小学生がめちゃくちゃ上手なスーパー小学生で、彼のピアノに合わせてみんなでラジオ体操をしたこと。80代の老紳士が現れておしゃれなジャズを弾き始め、セッションをしたこと。演奏できずに泣いてしまうお子さんに何時間も声をかけ続け、夕方近くになってやっと演奏でき、その子の笑顔に接したこと。演奏をためらうのは、大人もまた然り。「酒飲んできます!」とその場を立ち去り、赤ら顔で戻ってきて、勢いで演奏した男性と演奏後に喜びのハイタッチをしたことも思い出深いです。初めての出会いとそこから生まれる音楽、人間ドラマのひとつひとつに感動しました。

その後、毎年参加していただいている方も多いのがこの企画の特徴のひとつです。スーパー小学生は高校生に。毎年子どもの参加者の成長に立ち会えたり、老紳士やすみだ川を愛するストリートピアノフリークの方々とは、セッションをしながらお互いが元気であることを確かめ合ったり。この企画を通して、そこでのみ出会える方たちと、音楽を媒介とした季節のご挨拶をしているような感覚でいます。 

また、主催者が毎年何か違ったテイストを入れ込んでいるのも楽しみのひとつです。ある年は古楽音楽隊が練り歩きながら両国駅まで宣伝に出たり、ある年は道化師と一緒に参加者をピアノに誘ったり、ある年は山車に乗せられお神輿のように移動しているピアノを演奏したり、お祭り感が満載です。コロナ禍以降は、感染拡大防止の観点から演奏を予約制にしており、その場にふらっと立ち寄って演奏をする方との出会いが少なくなってはいるものの、あたたかい雰囲気はそのままに、活動が続いています。

2022年は、大道芸、マルシェとともにストリートピアノすみだ川のお祭り感が拡大しました。ピアノを弾く小学生の女の子の傍らで、スティルト(足長パフォーマンス)のAYUMIさんが彼女に話しかけるようなスタイルで舞った、そのコラボレーションは本当に美しかったです。また、タップの軽快なリズムに誘われて、会場の人たちがみんなで楽器を演奏する中、操り人形デュオの方々が場を盛り上げ、デビルスティック(ジャグリングの道具)がその間を駆け巡る会場は、非常に熱気を帯びていました。来年はどのような景色が見られるのか、今から楽しみです。これからも、会場全体が一体となって、あたたかい気持ちでいられるような雰囲気作りをしながら、この活動に関われたら、と思っています。 

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ピアノを巡るあたたかい場づくりが育むもの

ストリートピアノすみだ川が始まった2017年は日本ではまだこうした企画はあまり行われていませんでしたが、今では日本中至るところにピアノが置かれるようになっています。ストリートピアノ発祥地とも言われるイギリスで行われた「Play me, I’m Yours!」プロジェクトでは、「いつも同じ空間で過ごしながらお互いに知らない人同士が、足を止め、話し出すきっかけを作る」(ストリートピアノJAPANホームページより引用)ことを目指して、企画が始まったそうですが、日本に目を転じてみると、そうした状況を作り出すにはなかなか難しい現状がありそうです。

例えば、YouTubeにアップロードするために、自身のストリートピアノの演奏を録画する参加者の姿も多く、そうした方々は観客との関係ではなく、ビデオカメラと自身との関係のみで演奏を完結させてしまいがちです。ストリートピアノすみだ川で同じような状況が見られることもしばしばあります。ですが、開始当初から、音楽や芸術にアクセスしにくい多様な方たちが安心して演奏できるような環境づくりをしていきたためか、大人も子どもも自然と他の演奏者の演奏に興味を持って耳を傾け、大きな拍手を送りあう雰囲気ができあがっているように思います。ここで他者と一緒に音楽を共有する喜びを経験したことが、他者に興味を持ったり、地域に住む人たちに思いを馳せたりすることのできる子どもを育てることにつながっていってくれたら嬉しいです。

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また、この企画はコミュニティ・ミュージックや音楽の未来を担おうとする若手の育成にもつながってきています。関わってくれた学生さんに話を聞くと、「音楽が好きで音大に入ったにも関わらず、音大での競争に疲れ、ピアノが嫌いになってしまっていた。ここで参加者がとても楽しそうに演奏をしている様子を見たり、参加者と一緒にセッションしたりする経験を経て、音楽の楽しさを思い出した」「自身でもこのような活動を企画してみたい」と話してくれる方も多くいます。

こうした子どもたちや若者が将来、ストリートピアノすみだ川や他所でのストリートピアノの運営に携わり、音楽を通したコミュニティづくりを担うような循環を生み出せるまで、この企画が続いて欲しいと思います。さらに、こうしたピアノを巡るあたたかい場づくりが日本各地に広がって行くことを願っています。

[1]両国門天ホールにあるスタインウェイピアノは支援者の募金で購入したもの。「鍵盤1つ分の代金から募金を募り、それまでホールに関わってきたお客様、アーティストなどの多くの支援があって購入できた、特別なピアノ」「今、もんてんがあるのもこのスタインウェイピアノのおかげ」と黒崎さんは語っています。

[2] 即興からめーる団は音楽家の赤羽美希と打楽器奏者の正木恵子による音楽ユニットです。演奏活動と並行して、子どもや障害のある人、高齢者などとのワークショップ活動を精力的に行ってきました。私たちがワークショップ活動の中で大事にしてきたのは、「その場にその人がいなければ成り立ち得ない音楽を作ること」です。そこにいるみんなが音楽に携わり、そこでの音楽が全員のものとなるような音楽づくり、音楽を通した場づくりができるよう、その場にいる人を巻き込んだ即興的な音楽の展開を得意としています。

赤羽美希(あかはねみき)
音楽家。東京藝術大学大学院音楽研究科修了。
演奏・作曲活動と並行して、コミュニティ音楽プロジェクト「うたの住む家プロジェクト」「ザウルスの音楽ワークショップ」を主宰。多様な人との音楽遊び・創作ワークショップを企画・実施。現在は、教育・研究活動にも携わり、実践・研究・教育の幅広い分野で精力的に活動している。

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