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物語に導かれてすみだの街を巡る「謎音-水底から鳴る鐘-」【2024年イベントレポート】

撮影:427FOTO
企画名「謎音-水底から鳴る鐘-」
団体名:謎音研究所
開催日:2024年10月2日(水)〜10月6日(日)
会 場:東向島駅付近

向島を舞台にしたツアー形式の演劇作品「謎音-水底から鳴る鐘-」。植村真が企画・演出を担うこのパフォーマンスは、「音を聞くことで失踪した人もいる」という「謎の音」を解明する調査員として、参加者が街歩きをする作品です。調査員として参加してきた模様をお伝えします。

午後6時半頃、東向島駅を下りてすぐにある東武博物館前に到着すると、紺色のジャンパーを着た「研究員」が待っていました。

青く光るブレスレットを渡され、差し出された「アップローダー」なるものにスマホをかざします。NFCタグを読み取ると、ウェブサイトへ飛べる仕組みです。リンク先の画面に現れた赤い再生ボタンを押し、音声と画面の指示に従って夜道を歩き始めました。

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最初に訪れた公園で流れてきた音声は「謎音が発生したとき、そこには水色のレインコートを着た子どもがいた」と告げます。ちょうどそのとき、公園の横を黄色いレインコートを着た子どもが歩いてきて、ドキッとしました。これは演出ではないはず、と思いながらも、公園の向こうのビルの窓に映る影まで怪しく見えてきます。

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さらに街を歩き、たどり着いたのは「北條工務店となり」。調査期間中「謎音研究所」として使用されているこの場所には、謎音の研究資料と思われる本が積まれ、紙の資料が散らばっていました。

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しばらく進むと、コースを選ぶことができる分岐点が現れました。私は「向島百花園コース」を選択。反射シートが至るところに貼られた細い路地をどきどきしながら進み、向島百花園に到着すると、次は白鬚神社を目指します。途中、人気のない公園から自転車で走り去る人がいました。謎音に関わる人だろうかと思わず身構えてしまいます。

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指示に従って参拝し、神社を出ると、そこには紺色のジャンパーを着た研究員がいました。先に到着していた、私と同じ、調査員と見られる男性と一緒についていくことに。ところが駐車場へついたところで、突如研究員が消えてしまいました。

途方にくれてスマホを見ると、文字化けしたスマホの画面には「水色のレインコートの子についていく」の文字。「水神様の声を聞く」とある再生ボタンを押すと、歌うような叫ぶような声が流れてきて、緊張感が高まります。どうやらこの近くで謎音が発生しているようです。

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一緒にいた男性が「あっちあっち」と指し示す方をみると、大通りの向こう側に、水色のレインコートが見えました。横断歩道を渡り、レインコートの子に近づきます。その子は長い前髪で、顔がすっかり隠れていました。ゆっくり歩みを進めるその足取りは、私たちを試しているようです。

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やがてその子は足を止めると、坂の上を指差し、無言のまま進むよう促します。

坂を上り切ると、紺色のジャンパーを着た研究員が出迎えてくれました。所長の指示で、ここからは一人ずつ進むようにとのこと。待っている間、空を見上げると木の葉にたくさんの虫喰い跡があるのを見つけました。それさえ謎音の影響に思えてきます。

私の順番がやってきて、高架下を抜けていくと、隅田川へ出ました。右手には白鬚橋がライトアップされて白く光っています。

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階段で川を眺めていると、右手に男性がやってきて、すぐそばへ腰掛けました。耳元で再生している失踪した男性の声と、隣にいる男性の姿が重なり、もしかして彼がその人ではないだろうか、という思いが胸をよぎります。

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やがて男性は階段を駆け下りていきました。鐘の音が聞こえます。川の左手からツーッと羽ばたいてきた鳩が川の向こうへ飛んでいきました。私も思わず鳩とともに川へ吸い込まれそうになったその途端、「川の敷地から出て道路へ向かえ、振り向くな」との指示が耳元で聞こえました。小走りになりながら、道路へ向かいます。

道路へ出ると、そこには現実の世界がありました。

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ホッとして歩いていると、ラフな格好で「職務をサボっている」という研究員から名刺をもらいました。道を教えてもらい、しばらく行くと、次は不動産屋の前で研究員を見つけ、帰路へ。

歩いていると「兄は帰ってきました」と依頼人の方の声が流れ始めました。ああ良かったと胸を撫で下ろします。しかし謎音とは何なのか、いまだに解明されていないそう。

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だんだん人通りも増え、いつの間にか出発地点の東武博物館前に戻ってきていました。出発から1時間半。研究員の姿を見つけて安心し、ブレスレットを返却します。

まだ夢の中にいるような不思議な気持ちで駅に向かって歩き出すと「号外です」と眼の前に新聞のようなものが差し出されました。戸惑いつつも受け取り、改札の中へ。

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電車を待つ間、ベンチに腰掛けて「号外」を開きました。謎音にまつわる記事の下半分には、キャストやスタッフの名前が書かれていました。どうやらこれが公演のパンフレットのようです。

やってきた電車に乗ると、もしかしたらこの人たちもパフォーマーだろうかという気持ちが湧いてきます。街が劇場になる体験をしたその後では、日常と劇場の境目が曖昧になるようです。

電車の中にいる人たちは、本来的な意味では「パフォーマー」ではないかもしれません。でも今回のツアー形式の演劇作品で私は、用意された「パフォーマー」ではない人、ときには木の葉でさえ、パフォーマンスしているように感じられる瞬間がありました。物語に導かれて街を歩くとき、私たちは感覚を研ぎ澄ませて、あらゆるものからメッセージを受け取ろうとします。そのとき、日常は演劇になるし、演劇は日常になるのかもしれません。

そんなことを思いながら、まだどこかで鳴っているかもしれない「謎音」から少しずつ遠ざかるように、東向島の駅を離れていきました。

福井尚子(ふくいなおこ)
上智大学文学部国文学科、De Montfort University MA Cultural Events Management卒。
アートと社会とそのあわいに目を向けながら、アートや福祉にまつわるWebマガジンの記事、文化団体の広報誌などで執筆・編集を行っている。

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