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消えゆく風景を、記録し継承する。 ドキュメンタリー映画『煙突清掃人』」(短編版)ワーク・イン・プログレス試写会【2024年イベントレポート】

©一般社団法人ハイドロブラスト
企画名地域住民らと創るドキュメンタリー映画「煙突清掃人」(短編版)ワーク・イン・プログレス試写会
団体名:ハイドロブラスト
開催日:2024年12月8日(日)14:00〜14:20/15:00〜15:20
会 場:すみだ生涯学習センター(ユートリヤ)視聴覚室(墨田区向島2-38-7)

2024128日、すみだ生涯学習センター(ユートリヤ)の視聴覚室で「地域住民らと創るドキュメンタリー映画『煙突清掃人』(短編版)ワーク・イン・プログレス試写会」が開催されました。

この試写会では、制作が進行中の本作(2026年公開予定)のパイロット版を上映。その後、監督・脚本を手がける太田信吾さんと煙突清掃人・齋藤良雄さんをゲストに迎えたアフタートークが行われました。その模様をお伝えいたします。 

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ドキュメンタリー映画『煙突清掃人』は、国内で減っている「煙突清掃人」を取材し、その手仕事を軸に銭湯文化の日常を描く作品です。墨田区は多くの銭湯があり、長年銭湯文化が根付いている地域でもあります。

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単なる入浴施設としてだけではなく、地域住民の憩いの場としての役割も担う銭湯ですが、そのシンボルとも言える煙突は、環境問題への意識の高まりなどから、重油やガスを利用する銭湯が増え、だんだん消えつつある風景となっています。それでも、都内にはまだ煙突のある銭湯が残っており、薪で湯を沸かすお風呂は貴重な存在です。その中のひとつ、荒川区にある「草津湯」の煙突掃除のシーンから映画が始まりました。

銭湯が営業を終えた深夜、煙突清掃人・齋藤良雄さんの仕事が始まります。「煙突清掃人」とは、銭湯の煙突に命綱一本で登り、清掃やメンテナンスを行う仕事です。斎藤さんは、御年84歳、10代の頃からこの仕事に携り、約70年間、墨田区を中心に煙突掃除人として働いています。

©一般社団法人ハイドロブラスト

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手ぬぐいで顔を覆い、箒を使って払い落としたススを集める齋藤さん。太田監督が草津湯の店主へ、煙突を掃除した後の銭湯に変化はありますかと問うと、「よく燃えてくれるから、煙が違う。齋藤さんがいなくなったら、掃除してくれる人がいなくなってしまう」と返答がありました。

本作を制作するきっかけは、52年間親しまれたプールの閉鎖・解体を記録した前作の『沼影市民プール』において、誰もが集える公共的な空間の魅力、そして意義を痛感したことにあると太田監督は語ります。

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太田監督が主宰するハイドロブラストは、これまでにも社会で見えないことになっている現実を、映画や演劇などの芸術作品を通して可視化してきました。今回、煙突清掃人である齋藤さんに焦点を当てることで、銭湯文化を取り巻くいくつもの課題が見えてきたそうです。

「家族経営が多い銭湯では、人手が不足するとたちまち運営が困難になってしまうという現実がありました。最近は、サウナブームもあって興味を持つ若者も多いそうですが、長時間・肉体労働であるといった点から、離職する人も多いと聞きます。また、お店側からの『若者に託すのは忍びない』という声も聞きます」

試写会では、曳舟駅近くにある「良の湯」の店主が亡くなり、齋藤さんがお見舞いに訪れるシーンも上映されました。現在は、残された家族二人で担っているそうですが(※)、手が足りず先が見えない状態であることも息子さんから明かされました。

 (※…2024年12月24日時点では休業)

「老朽化した建物や設備の改修費用も大きな負担となっています。例えば、ボイラーが壊れると、何百万という修理代がかかります。クラウドファンディングや助成金などに頼るという方法もありますが、これまで自力で経営を守ってきた自負から抵抗がある人もいます。でも、家族経営だからこそ、それぞれの銭湯に個性が出てくるという面もあると思うので、どちらがいいとは言えない難しい問題です」とプロデューサーの竹中香子さんは語ります。

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映画では、能登半島地震で大きな被害を受けた石川県珠洲市の「海浜あみだ湯」の店主・新谷健太さんと齋藤さんの交流も描かれています。京成曳舟駅から徒歩5分の場所にある「電気湯」を訪ねてきた新谷さんと齋藤さんが湯船で出会い、「煙突掃除をしたことがないので、タイミングがあえばぜひ」という新谷さんの提案から、齋藤さんが能登に訪れるシーンも上映されました。

©一般社団法人ハイドロブラスト

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海浜あみだ湯は、能登半島で唯一薪からお湯を沸かす銭湯です。今年の一月に起こった能登半島地震により断水が続く珠洲市で、あみだ湯では地下水から水を汲み上げていたため奇跡的に水が出たことから、地震から3週間後には営業を再開。新谷さんは銭湯に住み込み、被災する中なんとか営業を続けたそうです。

7年前に移住した新谷さんは、高齢のため後継ぎを探していたあみだ湯の店主から声がかかり、銭湯を継承しました。「まだまだ復興途中ですが、住民からまちづくりに関する意見をもらうなど、復興への機運が高まってきたと感じています」と語る新谷さんの姿をカメラが捉えます。

「あみだ湯では、地元住民がお風呂に入りに来るだけでなく、子供達が宿題していたり、漁師さんたちが深夜までお酒飲みながら歓談されていたりする姿がありました。その光景を見て、世代を超えて交流できる場として銭湯が育まれていることを実感しました」と太田監督は言います。

今回の上映会には、銭湯やサウナのファンから、墨田区に住む人など、老若男女多くの人が集まりました。その様子からも、銭湯という場が多くの人に愛され、このプロジェクトに多くの注目が集まっていることが伺えました。

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上映会後には、齋藤さんをゲストに迎え太田監督とのトークイベントが行われました。齋藤さんは一人だけではなく、家族などのチームで仕事を行なっていることや、この仕事はススを吸い込むため健康に悪いと思われがちだが、健康診断では肺が綺麗と言われたことなどが、にこやかに語られました。

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今作を撮影する中で見えてきた社会の課題について、太田監督は「銭湯をはじめとした高度経済成長期に建てられた建物、例えば集合団地などは、老朽化が進んでいます。人口減少社会を迎えるこれからの社会では、建物をスクラップアンドビルドするだけでなく、いかにメンテナンスし維持いくかという“ケア”の視点が、重要になってくるのではないか」と伝えました。

文化庁が若手映画監督のために新設した支援基金「Film Frontier」にも選出された本作は、国際映画祭への出品を目指し制作されるそうです。年明けには、再び能登での撮影を行い、そのための制作支援金の募集を受付で行なっていることが観客へ呼びかけられました。

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また、上映会終了後には、希望者を対象にした銭湯「松の湯」でのバックヤードツアーも行われました。

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錦糸町・両国駅から徒歩10分ほどの場所にある「松の湯」。今も薪を使用している。

『煙突清掃人』(短編版)は、今回の上映だけではなく、墨田区の「薬師湯」と「松の湯」、「電気湯」3か所の銭湯でも行われました(※上映期間:12/1612/22)。竹中さんは、「今後も、自分たちから観客へ会いに行くことで、芸術に普段触れる機会が少ない人々にも作品を届けていきたい」と意気込みを語ってくれました。

上映会を取材後、太田監督が「銭湯での上映では、予想以上の多くのご高齢の方から鑑賞へのお問合せがあり驚きました」と教えてくれました。現在ミニシアターでは、コロナ禍で苦境を経て、独自のプログラムやイベント、上映後の鑑賞会などを行うところが多く見かけられます。時代の流れに伴い、大きな変化を求められている銭湯と映画館という「場」が融合する、この『煙突清掃人』の取り組みで、また新たな芸術やエンタテインメントの姿が立ち現れてくるのではないでしょうか。映画の完成、そしてハイドロブラストがこの作品制作を経てどんな境地へ辿り着くのかを、引き続き皆さんと追っていきたいと思います。

上映会終了後に、斎藤さんや太田監督と観客が交流する姿が見かけられました。

上映会終了後に、斎藤さんや太田監督と観客が交流する姿が見かけられました。

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小原明子
1981年大阪府生まれ。大学で演劇や映画制作に取り組みながら表象文化論を学ぶ。出版会社でのマンガ編集、エンタテインメント会社での俳優マネージメントや演劇制作を経て、slowtime design株式会社で企業ブランディングやP R、映画メディア「PINTSCOPE」運営に携わりながら、エンタテインメントや芸術を軸にした場づくりにも取り組んでいる。

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