墨田のまちの風景と物語を豊かに空想する【2018年レポート】
空想しながらまちを歩く−−。地図を見ながらその場所の様子を空想する−−。子どもの頃、そんなことをよくしていませんでしたか。誰もが持っている、いちばん素朴な創造力だったはずの「空想」の可能性を広げ、それを生かした芸術祭を考えてみる。「空想型芸術祭 Fiction」は、そんな試みなのかもしれません。
このプロジェクトの会場は、現実の都市・東京(墨田区)と空想の都市・西京(さいきょう)という設定になっており、公式ウェブサイトで音声によるスタートガイドを聞き、各スポットごとの地図にアクセスすることができます。それぞれのスポットに合わせた物語が用意されており、それを読み上げた音声が聞けるので、スマートフォンさえあれば、会期のない芸術祭としていつでも体験することができます。
12月8日、9日に行われた「空想型芸術祭Fiction 東京/西京ガイドツアー!」は、その言わばお披露目と体験会でした。吾妻橋観光案内所に集合した参加者は、まずスタートガイド音声を皆で聞きます。「東京」で参加する人は、各スポットの地図を元にその場所へ行きそこで物語の音声を聞き、「西京」で参加する人は、空想で描かれた地図を見ながら音声を聞くというルールを共有しました。
その後「東京」チームは、企画者である居間 theaterの稲継さんの案内で、蔵前橋と両国橋の間の隅田川沿いの遊歩道まで移動。それぞれに好きな場所で『亀のみる夢』という物語を聞きました。「西京」チームは、観光案内所のカフェコーナーで一緒に空想の地図を見ながら、その制作者である地理人さんと共にいくつかの音声を聞きました。
『亀のみる夢』は、川の底に江戸時代は浮世絵師だった亀が住んでいるという物語でした。隅田川沿いでこれを聞いていると、亀が語りかけてくる声に合わせて水面に近づいてみたり、川岸にある隅田川テラスギャラリーの存在に気づいたり、快適だという川の中での生活を想像したり、物語に現実の風景を重ねながら、空想を楽しむことができました。
ところが同じ物語を「西京」で聞くのは、ひと味違う体験になります。現実の都市・東京には存在しない「七重川沿い(地下鉄開明橋駅から徒歩2分〜)」で聞くことが指定されており、実際にまちの風景を見ることができないので、現実の訪れたことのない土地と同様に、地図に書き込まれている河川・鉄道・建物・地名など様々な要素からその場所の様子を想像することしかできません。
音声で描写される要素からは、物語そのものよりも、地図と結びつけやすいまちの様子への空想が喚起されます。そしてこの日は、地図の制作者である地理人さんが「この駅はできた時は終点だったけれども、後に延伸されたので、駅前にあった像が川の方に移設されています」などと、地図の制作にあたり検討したかなり具体的な設定なども聞くことができました。必然的に、未知のまちの風景に対する空想がふくらんでいきます。
つまり自分の身体が現実の都市にある「東京」では物語へ。「西京」ではまちの風景へと、それぞれに見聞きできない部分こそが空想で豊かになっていく−−。そのような違いを感じることができました。
ガイドツアーの最後では、「東京」チームが戻ってきて「西京」チームに合流し、それぞれの体験を話し共有する時間が設けられました。空想には正解はなく、様々な可能性が開けています。参加者それぞれの視点を聞くことで、それぞれの「東京」「西京」像を知り、「空想型芸術祭 Fiction」の楽しみ方を考えるような時間を過ごすことができました。
(「空想型芸術祭 Fiction 」作品一覧はこちらから http://fiction.chirijin.com/ )
橋本 誠(はしもと まこと)
1981年東京生まれ。アートプロデューサー。2009〜2012年、東京文化発信プロジェクト室(現・アーツカウンシル東京)のプログラムオフィサーとしてアートプロジェクト「墨東まち見世」などに関わる。2014年に一般社団法人ノマドプロダクションを立ち上げ、現代社会と芸術文化をつなぐ多彩なプロジェクトの企画・運営・ツール制作・メディア運営などを手がけています。http://nomadpro.jp/