すみゆめ踊月夜(前編:すみゆめ踊行列)【2022年イベントレポート】
♪掘って、掘って、また掘って〜
♪担いで、担いで、下がって、下がって〜
♪押して、開いて、チョチョンのチョン!
(月が出た出た〜月が出た〜ヨイヨイ!)
東京スカイツリーのふもとに広がる隅田公園の一角で、小さな櫓を囲む人々がロックな音楽に合わせて「炭坑節」を一斉に踊る。盆踊りってこんなに楽しかっただろうか。うろ覚えだった踊りでも、音が記憶を蘇らせ、MCのかけ声で身体の動きにスイッチが入る。見たこと・聞いたことのない踊りでも、輪に飛び込んでしまえば何となく踊れてしまう。
昼過ぎから夜にかけて2日間。日本で育った人の多くが知っているであろう炭坑節のような盆踊りを中心に、墨田の地元町会による太鼓や獅子舞から、ボリビアやメキシコの死者追悼の踊りまで。そこに集う人の雰囲気を緩やかに変えながら、多様な演目が披露された『すみゆめ踊行列』を堪能した。2つのプログラムにより構成された「すみゆめ踊月夜」の言わば表の顔だ。
※裏の顔となった体験型プログラム『うらないうらみち』については、後編で紹介する。
▶︎公園に集う人々が、音楽と踊りでつながる盆踊り
これまでにも、すみゆめをはじめとして、アートプロジェクトを中心に様々なイベントを体験してきた筆者だが、コロナ禍のイベント自粛や、参加ができても「観覧のみ」ということが続き、このようにたくさんの人々と一緒に、自ら身体を動かしながら体験できたイベントは久しぶりのことだった。同様の状況に気持ちが昂揚した方も多かったことだろう。ばっちり浴衣を着て参加している人。そうでなくともこなれた服装と踊り具合から明らかになる盆踊り愛好家「盆踊ラー」と思わしき人。普段着で荷物を手にしたまま、飛び込み参加したであろう通りがかりの人。日頃から公園で過ごしている様子の人。その混在ぶりを観察するのも楽しい。開放的な公園の一角で、音楽に身を委ねる時間自体がいつになく贅沢で、気持ちよく感じた。
もちろん、演目は自分が知る曲や踊りばかりではない。のんびりしたリズムに乗せて披露された「佐左ヱ門音頭〜すみだよいとこ編〜」は初耳だったが、近年墨田で復活プロジェクトも進められている江戸野菜・寺島なすなどが登場していて、親しみやすくほっこりとさせられた。「オバQ音頭」は何とも味がある歌詞と振り付けが面白い。秋田ゆかりの「ドンパン節」は耳に馴染んでいたけれども(2年ほどあちらで仕事をしていたので)、よく考えたら踊ったのは始めてだった。YouTubeで見かけて「何か、かっこいい!」「楽しそう」と思っていた河内音頭や八木節にも挑戦することができた。同じ曲を二度繰り返して、踊りに馴染んだ頃には次の曲になってしまうのだけど、こうして新たな踊りを経験できた達成感もあった。
▶︎ライブな音と踊りの楽しさ、緊張感
モノガタリ宇宙の会+Donuts Disco Deluxe+にゃんとこによる江州音頭では、踊りの唄とラップが相互に展開。いつの間にか太鼓の音にリズムマシンのビートやヒューマンビートボックスも入り混じりヒップホップ調になるも、意外に踊れる…! と思ったところでスクラッチ音が入ってきたりして、踊りが置いていかれそうになるシーンもありつつ、そういう瞬間も楽しくて大盛り上がり。細かいことは気にしなくていい。
1日目のトリを務めた民謡クルセイダーズの演奏中も、ステージ前では多くのファンがライブハウスのような雰囲気で身体を揺らす傍ら、櫓のまわりでは早いリズムにしっかりと合わせて、一心不乱に激しく踊る人がたくさんいたのが印象的だった。
このような興奮、楽しさは演目の多くに意外性のある演出がされていたり、生演奏・生歌で行われていたものがほとんどであったことが大きかったと思う。いま思えば、自分が幼い頃に体験していたお祭りでは、そもそも音楽がカセットテープ(今だとスマートフォンだろうか)の録音で味気なかった気がする。今回は録音であってもそれに合わせて太鼓が入っていたり。盆踊りを通常とは異なる音楽に合わせて踊ってみたり。歌い手・演奏者と踊り手の掛け合いが生み出すグルーヴ感や緊張関係が、確かにその時間を唯一無二としていたのだ。
この企画をプロデュースした岸野雄一氏も実際に、自らの企画では「生演奏で踊る、新しい曲で踊る、古い曲を掘り起こして踊るということを3本柱として考えています」と語っている。
※隅田公園の使い方インタビュー:岸野雄一が考えるすみゆめならではの「祭り」より
岸野さんといえば、ジンタらムータや中西レモンらによる八木節の演奏中には、替え歌(曲間の合いの手)でいじられるひと幕が、微笑ましく記憶に残っている。
♪岸野雄一さん、なんで身上つぶした?
♪朝寝・朝酒・盆踊りが大好きで
♪それで身上つぶした。あーもっともだーもっともだー
♪いーや違う、いやそーだ、いーやそーだ、いやそーだ
♪やんちきどっこいしょー、祭りだ祭りだ墨田の祭りだ!
後で調べてみたところ、これは元々は小原庄助さんという江戸時代の商人が朝寝・朝酒・女が大好きでそれに溺れてしまった、という桐生の八木節からきているようだ(諸説あり)。こうして気になった踊りや歌について調べてみるのも面白い。
これを盆踊りで「身上つぶした?」とされてしまうのは、何とも愛のあるいじられ方ではないか。これまで各地で盆踊りをアップデートするような活動に取り組んできた岸野さんが、生まれ育った墨田で企てたこの企画。そのこだわりの背景や、出演者と紡いできた信頼関係が垣間見えるひと時でもあった。
▶︎弔いとしての踊りと生き延びていくための知恵
MCが「死者に元気な姿を見せるのが盆踊りです」と呼びかける。確かに盆踊りのルーツはそこだ。2日間に渡るプログラムも、振り返ってみてみれば1日目の最初はボリビアとメキシコの死者追悼の踊り。2日目の最後は、灯籠を頭に乗せて踊る熊本・山鹿のよへほ節、そして江戸消防記念会による木遣り 纒振りだった。異国や異文化圏における、弔いとしての踊りの雰囲気までを感じることができたのは印象的だった。
震災や空襲、大火に見舞われてきた墨田。隅田公園の中には、それを見守ってきたであろう牛嶋神社もある。普段はのどかに人が集い、このようなイベントごとにもしばしば使われるようになってきたこの公園も、有事には避難場所へと姿を変えるはずだ。
お祭りごとにはいつも楽しさが求められるけれども、このように亡き人に思いを寄せる踊りや、火消し由来の纏振りや歌が集いの場に組み込まれるという仕組みは、万国に共通する、そこにいる人々が助け合い、生き延びていくために受け継がれてきた集いの知恵なのだろう。しかしそれはただ受け継いでいこうとするだけでは、興味を失われてしまったり、形骸化して本質が見えなくなってしまったりする。緩やかな変化を恐れず、アップデートしていく姿勢のある、墨田らしい祭りを体験することができた2日間だった。
橋本誠(はしもと まこと)
美術館・ギャラリーだけではない場で生まれる芸術文化活動を推進する企画・編集者。東京文化発信プロジェクト室(現・アーツカウンシル東京)を経て、2014年に一般社団法人ノマドプロダクションを設立。NPO法人アーツセンターあきた プログラム・ディレクター(2020〜2021年)。編著に『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』(千十一編集室/2021)