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北斎の娘・応為の生き方を通して考える 女性アーティストのこれまでとこれから ONA project room「汽水域/Kisuiiki」【2022年企画者インタビュー】

撮影:Maciej Komorowski
企画名汽水域/Kisuiiki
団体名:ONA project room
開催日:2022年9月30日(金)~ 10月2日(日)
2022年10月28日(金) ~ 30日(日)
2022年11月25日(金) ~ 27日(日)
2022年12月9日(金) - 11日(日)
会 場:Untitled space (〒131-0046 東京都墨田区京島3-13-7)

葛飾北斎の娘・応為の創作と生涯をテーマに、4人のアーティスト(ユーリア・スコーゴレワ、荒井佑実、近あづき、齋藤帆奈)の個展をシリーズ開催したプロジェクト「汽水域/Kisuiiki」。この企画の狙いや手応えについて、キュレーションを担当したエヴェリナ・スコヴロンスカさんへお話をうかがいました。展示の様子と共に、インタビュー記事をお届けします。

 〈プロフィール〉
エヴェリナ・スコヴロンスカ
ポーランド出身。ビジュアルアーティスト。
ONA project room 代表。

 エヴェリナ・スコヴロンスカは、ポーランド出身のビジュアルアーティスト。絵画、版画、ドローイング、セラミックを用いて、イメージとオブジェクトの分野で作品を制作。
政治学修士号を取得後、2015年にロンドン芸術大学でビジュアルアートを専攻。
これまでにヨーロッパ、アメリカ、カナダ、日本で作品が展示され、VA Museum (イギリス)Guanlan Printmaking Museum (中国)など多くのコレクションに所蔵されている。
現在、日本を拠点に東京のアートシーンに積極的に参加し、また女性アーティストを支援するため、自身が代表を務めるポップアップ形式の展覧会を開催するONA project room2021年より企画・運営。 

スコヴロンスカさんは「ONA project room」(オナ・プロジェクト・ルーム)というプロジェクトを主宰し、墨田区に「UNTITLED Space」(アンタイトルド・スペース)というアートスペースをお持ちですが、墨田区で活動するようになったきっかけを教えてください。

私はポーランド出身のアーティストで、日本で活動を始めて7年になります。ロンドンの美術大学を卒業したあと、夫とともに日本に来たのですが、最初は自分の居場所を見つけるのに苦労しました。ヨーロッパにいるよりもアーティストの活動の場が限られていて、とくに女性アーティストが発表する機会が少ないと感じていました。そこで2020年に自分の場所を持とうと決心し、2人の友人と墨田区に素敵なスペースを見つけたのです。それまで東京の西側に住んでいたので墨田区エリアは初めてだったのですが、この地域の雰囲気や、訪れる度に毎回新しい発見があるところが気に入り、ここに決めました。そして自分だけでなく、「女性を自認するアーティスト」たちとこの場を共有したいと考え、ONA project roomを始めました。

今回「すみゆめ」で行った展示シリーズ「汽水域」のコンセプトはどのように思いついたのですか?

ONA project roomは女性アーティストたちのための活動なので、すみゆめに応募しようと決めたときも、「葛飾北斎」というキーワードに対して私たちらしい応答の仕方を模索しました。そんなとき北斎の娘で自身も絵師として活動した葛飾応為の存在を知り、これだ!と思いました。北斎と応為、その光と影のような父娘の関係性や応為の生き方にヒントを得て、4人のアーティストが1人ずつ展覧会を行うという方法を考えたのです。このアイデアが浮かんだときとても興奮して、たとえ今回選ばれなくても絶対に実現しようと思いました。

優れた才能を持っていながら、日本の美術史に埋もれてしまっている応為のような女性アーティストにスポットライトを当てることは、今の時代の気運にも合っていると感じました。最近では大きな国際展のキュレーターに女性が選ばれたり、女性の参加アーティストのほうが多い展覧会も増えていますが、なぜ美術史には著名な女性アーティストが圧倒的に少ないのか、考えるきっかけになればと思いました。 

4人のアーティストとどのように展覧会を作ったか教えてください。

それぞれのアーティストと、テーマを受けてやりたいことやリサーチしたことなどを話し合いながら、自由に発想、展開してもらいました。テーマに対する応答の仕方は人それぞれで、例えばユーリア・スコーゴレワさんは、私が北斎と応為の「父と娘」の関係性について言及したことをきっかけに、東京にいる5人の女性アーティストやクリエイターに、父親との関係をインタビューして写真とテキストを用いた作品にしました。5人のなかにはその人自身が著名であったり、父親が影響力を持つ立場にある人がいたりして、さまざまな関係性が浮き彫りになりました。

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ユーリア・スコーゴレワ個展「面影」展示風景    撮影:Maciej Komoroski

荒井佑実さんは、そんな父と娘の関係を、光と影のあいだでゆらめくモビール作品として表現し、これまで聞かれることのなかった女性の声、声なき声をモチーフにしたサウンドインスタレーションと共に発表しました。

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荒井佑実 個展「Where the new lights shine」展示風景  撮影:Maciej Komorowski

齋藤帆奈さんは、応為が漢方や薬草に興味を持っており、なかでも不老不死になるための仙薬を飲んでいたということを自らリサーチしてきて、作品にしました。彼女自身も博士課程で植物や非人間をテーマに研究を進めており、応為と自分自身の共通点を自ら見つけてきて作品に発展させていく様が面白かったです。 

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齋藤帆奈 個展「茯苓と絵師の娘」展示風景  撮影:Maciej Komorowski

実際に展覧会を目にしてみてどうでしたか?

素晴らしかったです。

もちろん作品が完成する前から、スケッチや模型などでどんなものになるかイメージはしていますが、実際の空間に展覧会として立ち上がったものを目の当たりにすると、やはりこれが大事なのだと実感します。ひとつの空間、ひとつのテーマなのに、扱う素材も表現方法も視点も異なる4人のアーティストによって毎回全く別の世界が展開される様を目撃するのは、魔法を見ているようでした。

実はこの企画を考えた当初は少しだけ不安だったんです。このテーマで4回も展覧会をやって成立するのだろうか、と。でも実際にやってみて、もっともっと深められるテーマだと感じました。将来的に、さらにアーティストを増やしてひとつの大きな展覧会を開催し、北斎と応為をテーマにした作品たちが一堂に会するのを見るのも面白いのではないかと思っています。

どんな人が観にきましたか? 反応はいかがでしたか?

さまざまな人が観にきてくれました。それぞれのアーティストを元から応援している人々はもちろんのこと、すみゆめ事務局の皆さんが広報してくれたことで来てくれた方もいましたし、通りすがりの地元の方々も気軽に立ち寄ってくれました。

作品に対する反応もいろいろで、例えばスコーゴレワさんの作品は、リアルなストーリーがわかりやすく提示されていることも手伝って、とても反応がよかったです。男性の観客のなかには、おそらく父として自分の娘のことを想っていたのでしょう、涙を流しながらテキストを読んでいる方も少なからずいて、感動しました。一方、齋藤さんの作品は、隅田川周辺の植物を扱っているためか、たくさんの女性が強い関心を寄せていました。近あづきさんの展示では、大きな絵巻のようなニットの作品が1点、展示スペース全体を使って展示されていたのですが、北斎が好きだったという藍色の糸や、ニットという身近な素材を介して、アーティストと観客のあいだで家族についてのさまざまな対話が立ち上がっていました。

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近あずき 個展「よるのとばり」展示風景  撮影:Maciej Komorowski

アーティストの皆さんには基本的に会期中ずっと在廊してもらっていたのですが、そうすることで訪れた人がアーティストと直接話す機会も広がり、アートそのものだけでなく、アーティストという存在も少し身近に感じてもらえたのではないかと思っています。 

ONA project roomの方針として、活動対象を女性アーティストだけではなく「女性を自認するアーティスト」のためとしているのはなぜですか?

この社会で女性として生きる人たちは、生まれたときに与えられた性が女性だとは限りません。身体の特徴で区別するのではなく、女性として生きる経験を持つ人々と、女性であるとはどういうことか考えたいと思っています。

将来的には、「女性アーティスト」や「女性を自認するアーティスト」と線引きをしなくても良くなるのが理想です。誰にでも開かれた場でありたいですし、境界線を強化したり再生産したりするのは本意ではありませんから。でも女性アーティストたちはこれまで、あまりに声をあげる機会や場所を与えられずにきました。ですから少なくとも今は、そういった人たちのための場でありたいと思っています。

すみゆめに参加してみてどうでしたか?

日本の機関から助成を受けることは今回が初めてだったのですが、とても良くしていただいて、やりやすかったです。運営に関わる皆さんがやる気に満ちていて、私たちが安心して活動できるよう丁寧に話を聞いて動いてくれました。スタッフの方々が展覧会を観に来てくれたのも嬉しかったです。アートへの情熱を持ち、コミュニティに何かをもたらそうと行動している人たちは、一緒に仕事をしていて気持ちがいいですね。友人のアーティストたちにも既にこのプログラムをおすすめしました。

4回の展覧会開催中は毎回、アーティストによるワークショップも開催したのですが、参加した方々がとても楽しんでくれたことにも手応えを感じました。アートはしばしば難しいものと思われがちですが、ワークショップのように手を動かしながらアーティストと対話する機会があると、アートに興味がない、わからないと思っている人たちとも、自然と同じテーマについて言葉を交わしたり、アートを介して関係性を築いたりできるのだと感じました。今後もさまざまな活動を展開したいと考えているので、今回の経験を活かしていきたいと思っています。

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取材・執筆:田村かのこ(Art Translators Collective

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