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地域福祉に根付く創造力の発見 「共に在るところから」【2022年イベントレポート】

撮影:加藤甫
企画名共に在るところから/With People, Not For People
団体名:一般社団法人藝と ファンタジア!ファンタジア!事務局
開催日:2022年11月5日(土)~6日(日)、11日(金)~13日(日)、18日(金)~20日(日)、23日(水)、25日(金)~27日(日)
各日11:00〜18:00
会 場:興望館 別館(墨田区京島1-11-6)

2022年11月、曳舟駅近くにある興望館で展覧会「共に在るところから/With People, Not For People」を開催しました。この展覧会は「地域福祉とアートのつながりを考える展覧会」というコピーをつけたように、社会福祉法人興望館が100年以上にわたり続けてこられた地域福祉活動に心を動かされた私たち「ファンタジア!ファンタジア!―生き方がかたちになったまち―」(以下:ファンファン)が、墨田区というひとつの地域の中で福祉とアートがどのように交わっていくことができるのかを自問自答し、その問いをみなさんと共有したいという思いをカタチにしたものでした。開催までの経緯と実際の展覧会、取り組みの手応えについてファンファンディレクターの青木がレポートします。

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本展が参照していた地域福祉とは、19世紀のイギリスを源流に世界各地で実践された「セツルメント運動」のことです。聞き馴染みの無い方も多いと思いますが、セツルメント運動とは英語の「settlement(住み込む)」をもとにした語で、学生や宗教家、社会改良家などが貧しい地域に移り住み、住民と共に生活改善を行うという運動でした。多くの移民の貧困が社会課題となったイギリスで1884年に世界で初めてとなるセツルメント運動の拠点「トインビー・ホール」が誕生し、そこを訪れた人々によって世界各地へセツルメント運動が広がっていきました。それぞれの地域で社会課題は異なるため、実際のプログラムには地域差もありますが、保育、診療、法律相談、職業訓練、文化活動など横断的な事業が展開されていました。

そんなセツルメント運動におけるいくつかの事例のなかで、同時代のアーティスト達が関わりを持っていたことがわかりました。例えば世界初のセツルメントであるトインビー・ホールは、文化的、宗教的な背景が異なる人々への理解の一助となることを目指し、「ホワイトチャペルギャラリー」を立ち上げ、多国籍なアーティスト達の展覧会を開催しました。同ギャラリーは現在でもなお、現代アートを牽引するギャラリーのひとつとして、教育普及事業などにも力を入れて活動を続けられています。また国内の事例では、1924年に竣工した「東京帝国大学セツルメントハウス」は建築家今和次郎の設計であり、考現学メンバーの美術家が子ども達にワークショップを開いていたという記録が残されています。絵本作家のかこさとしは川崎のセツルメントで子ども達に紙芝居を披露していたことが自身の創作に影響していると話しています。このような事例は現在も名前が残る表現者だからこそ振り返ることができますが、きっと美術史には名前の残らなかった同時代の無名の表現者達がこうした運動に関わっていたのではないかと想像しています。

そしてそれは現在各地で取り組まれているアートプロジェクトの姿とどこか重なる気がしたのでした。様々な分野とも協働するなかで作品の美学的な価値だけでなく、社会的な価値の中で表現を志向し、特定地域やコミュニティに関わっていくアートプロジェクトは、セツルメント運動のような歴史と親和性があるように思ったのです。

本展ではそのような立場から、墨田区で100年にわたり保育事業を続けられている社会福祉法人興望館に保管された歴史資料のリサーチと、そこから着想された作品をもとに開催したものでした。

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展覧会は興望館に保管してある資料の展示から始まります。

大正から昭和にかけての施設のパンフレットや建物の図面資料、活動の記録写真から当時から、保育を中心に様々な事業に取り組まれていたことがわかります。また本展では興望館の中でも特にものづくりや表現に関する事業の記録に着目し、ボランティア達が作っていた冊子や子ども達による劇の発表の記録写真、授産部が作っていたラグなどの手芸用品のパンフレットなども展示しました。こうした記録を眺めていると、セツルメント運動が狭義の社会福祉に止まらない文化活動としての側面があったことが感じ取れます。

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そして2階では、アーティストの碓井ゆいさんがこれまでのリサーチを元に制作した新作のインスタレーション作品《家は歌っている》が展示されています。本作は興望館の職員、保護者、研究者やこれまでに関わりのあった若者、ファンファンのプログラム参加者と協働して作られた刺繍作品と日誌によって構成されています。

これまで職員さん達とお話しする中で、今回のプロジェクトを通じて子ども達や若い職員さんとも興望館の歴史を共有するきっかけが作れたら嬉しいというご提案がありました。そこで碓井さんは施設に保管されていた記録写真から選んだ40枚ほどの写真を元に下絵を起こし、それを協力者と共に刺繍していったのです。当初はワークショップとして同じ空間で刺繍をする予定でしたが、コロナ禍で対面での実施が難しかったため、碓井さんからのメッセージ入りの刺繍キットを制作して職員さんを通じて配布していただきました。それぞれの家で作られた刺繍が再び碓井さんの手に渡り、それらを大きなタペストリーやクッションへと仕立て直したのです。

長いテーブルに並べられた日誌は、町田道子さんという美術大学を出た後に興望館で働いていた職員の昭和初期の日誌だと注釈が添えられています。実はこの日誌は、実際に興望館に保管されていた職員さんの日誌を参照しながら、碓井さんが創作した架空の人物の日誌なのです。今回のプロジェクトに参加する中で碓井さん自身が感じたアートと社会運動の親和性や相違点、表現が持つ多様な価値観についての葛藤のようなものを架空の職員の日誌に投影したものでもありました。

碓井さんの作品は1階で展示された歴史資料の延長にありながらも、そっと手を添えながら少しづつアートでしか見えない世界へ導いてくれるような柔らかなアプローチとなりました。

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今回の展示は初めから明確なイメージがあったわけではありませんでした。セツルメント運動とアートに親和性を感じた人たちが少しづつ言葉を交わしたり、表現を続けてきた通過点として展覧会という場が立ち上がりました。職員のみなさんも最初はアーティストと一体どんなことができるのか不安もあったと思います。しかし、展覧会で刺繍作品をご覧になっていた職員さんから「写真で見るよりも写っている人の息遣いが伝わってくる」という感想を聞いた時、碓井さんと興望館の方々によって作られた本作が歴史に手触りを与えてくれたのだと感じました。

今回の協働を通じて興望館をはじめ墨田区内外で地域福祉に携わる方々や、福祉領域に関心のあるアーティストやコーディネーターらとの出会いがありました。この繋がりが今後も継続できるように、引き続き地域福祉とアートの接点を探っていくようなプログラムが展開できたらと考えています。 

青木彬
インディペンデント・キュレーター/一般社団法人藝と理事。アートを「よりよく生きるための術」と捉え、アーティストや企業、自治体と協同して様々なアートプロジェクトを企画している。まちを学びの場に見立てる「ファンタジア!ファンタジア!─生き方がかたちになったまち─」ディレクター。共著に『素が出るワークショップ』(学芸出版)

 

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