小唄と文楽、落語と北斎の絵画が結びつく『北斎小唄 其の参 両国心中』【2023年度イベントレポート】
②12月16日(土)17:00開演
ゆっくりと緞帳(どんちょう)が上がると、三味線の音色と小唄(こうた)が響く。
そして、大きなスクリーンに葛飾北斎の絵が映された。季節は夏、隅田川にかかる両国橋の上を行き交う人たちの様子が描かれている。
やがて、文楽人形が登場する。吉田玉勢(たませ)と吉田簑紫郎(みのしろう)たちが、両国に暮らす町娘と地方出身の若い職人の人形を巧みに操る。時にたおやかに、時に勇ましく。さらに、朗らかな口調で、江戸の町と人々の様子を活写する。
すなわち、小唄×文楽×落語×北斎──。いずれも江戸時代に人気を誇った表現が、21世紀の東京で結びついた。
このように、さまざまなジャンルの表現が組み合わされて、舞台作品「北斎小唄 其の参 両国心中」は成り立っている。
本作を企画したのは明暮れ小唄である。千紫巳恵佳(せんし・みえか)と小唄幸三希(こうみき)による小唄演奏ユニットだ。彼女たちは北斎の絵画を見せつつ三味線を弾き、小唄を聞かせる「北斎小唄」シリーズを2021年から開始し、今回で3回目の上演を迎える。
筆者は16日の14時の部を見た。この種の異ジャンル共演ものは、ともすればおのおのの個性を発揮することに遠慮がちになることもたまにある。個性の強い面々が集まると、それぞれの個性が埋没することも少なくない。
だが、本作に関しては、それは取越し苦労に終わった。
出演者はいずれも個性的である。だが、彼ら/彼女らが集まったとき、互いの個性を消し去ることは決してなく、むしろ、ひとつの座組として新たな個性を生み出していたのである。
たとえば、この公演では、小唄によって文楽人形が従来とは異なる顔つきや見ぶりを示した。普段の文楽公演では、棹(さお)が太く胴が大ぶりな三味線が演奏される。だが、本作はスリムな三味線がしなやかに音を奏でる。
また、通常の文楽では三味線をばちで弾き、ダイナミックなリズムを刻む一方、小唄の三味線は指で弾く。「爪弾き(つまびき)」と呼ばれる技法だが、実際には指を使う。なお、三味線の演奏とひと口でいってもさまざまな種類があるが、ばちを使わないのは小唄が唯一である。
そして、普段の文楽では義太夫語りとともに人形が動く。その点、本作は義太夫の代わりに小唄のやわらかな声が劇場に広がる。したがって町娘の恋物語が、いちだんとせつなさを帯びる。人形の動きも、繊細な三味線の演奏と小唄が効果を発揮し、しなやかさを鮮やかに示す。
ついでながら、文楽の太夫や三味線演奏者は、どう見ても、いかつい。肩の張った裃(かみしも)を身につけているからに他ならない。だが、巳恵佳と幸三希は2人そろって、なで肩気味である。つまり、裃を着た義太夫と対照的で、見た目にもやわらかな感じを放っている。
このように、文楽と小唄が結びつくことによって、文楽人形のこれまでになかった一面を引き出すことに成功したといえる。
それから、台詞やナレーションは落語家の語りによって進められる。 落語はナレーションのような語りと、登場人物のせりふによって成り立つ話芸である。複数の登場人物を声色で演じ分け、人物像をいきいきと浮かび上がらせる。
そうした特色は義太夫にも共通するものの、落語には節回しがない。そして何より、義太夫と違って、江戸時代の噺(はなし)であっても、いまの口語で語られるのが落語である。
したがって、文楽や小唄といった伝統芸能の裾野を広げた。このようにこの公演は、落語によって現在性が高くなり、伝統芸能の初心者にも通じやすい一作となった。
なお、本作には隅田川界隈の様子がしばしば描かれる。両国橋や柳橋などの橋や、向島(むこうじま)や横網町(よこあみちょう)といった地名もたびたび出てくる。
あるいは、たとえば相生町(あいおいちょう)など、いまは残されていない地名も語られる(相生町は現在の墨田区両国2~4丁目、緑1丁目のあたり)。こうして町への愛着と理解を深める。
そんな町や川の様子を伝えるのが、北斎が描いた絵画である。約20点ほどの絵が映しだされ、町や川の様子に加えて、鳥や植物によって季節の移ろいもほのめかす。また、人形として登場しない人物の肖像も、北斎作品から選ばれ、キャラクターに奥行きを与える。
このように、北斎の絵画を投影することで、「北斎小唄 其の参 両国心中」の作品世界は解像度を高めたのである。つまり本作は、小唄と文楽、落語と北斎の絵画が結びつき、相乗効果を大いに発揮した。
話は前後するが、この公演の前日、同じ会場で公開リハーサルとレクチャーが行われた。
公開リハーサルでは、脚本と演出を担った大和田文雄の指示のもと、照明のタイミングや語りのニュアンスなど細かい調整が続く。
「いやあ、人形の動きに合わせて語るのは初めてなんで」
と軽やかに緑太がいい、やや緊張した場をなごませる。
そしてレクチャー。レクチャーといってもカタい感じはまったくなく、緑太の司会によってひょうひょうと進んだ。まずは楽器の案内。三味線に始まり、打楽器や笛などについて演奏家がガイド役を務める。演奏家による解説だけに、実演も交えられ、楽しいうえに説得力が増すというものだ。
それから、文楽の解説も人形遣いが務めた。人形一体を3人で動かす方法や、その役割分担などについて、やはり人形を動かしながら語った。
そして、この日のトリを務めたのは緑太である。扇子と手ぬぐいの使い方について説明。最後には「しぐさクイズ」が始まり、扇子と手ぬぐいを使ったジェスチャーの意図を参加者に問いかけ、場を沸かせた。
先ほども触れたように、「北斎小唄 其の参 両国心中」は、小唄をはじめ伝統芸能の裾野を広げる試みである。
だが、それは本番の公演のみならず、レクチャーのような小さな積み重ねがあってこそ、普及という課題を成し遂げているのだ。
新川貴詩(しんかわ たかし)
兵庫県生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了。現在は東京都在住、隅田川沿いに暮らしています。美術/舞台芸術ジャーナリストとして、新聞や雑誌、Webサイトなどに文章を執筆。また、展覧会企画にも携わるほか、学校教員や編集者も務める。